嗤うより哭きたい時に

人間ド失格_アソコに毛が生えた

2019/10/29 00:00 投稿

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今まで生えたことなかったのに。洗いたての下着をベランダから庭へ落としてしまった時と同じくらい傷ついたよ。

毛、って生えなかったところにも生えんだね。



血で繋がっている兄弟達とそうでない兄弟達と、私には男女親子でない家族がいるが、その中でも私は幼い頃からあらゆる場所の『毛』が薄かった。

体毛が無く、赤毛でやわらかい頭髪は軽くうねっていて、くるくると巻いているマツゲは大きな目をギョロッと目立たたせやはり赤毛で目立つことなく瞳の色は明らかに赤茶、体や四肢には青白い血管が浮き出ていていかにも病弱な子供であった。

2歳年下の兄弟に背も抜かれ体重も抜かれ、勿論とうには、育て人の愛情も私ではなく下の兄弟達へ注がれていて、親類などは私をワタシだと忘れる始末、とにかく私は誰からも愛される要素が皆無だった。豊かな毛髪に恵まれている兄弟達とは別物、きっと親が誰とも違うのだろう、私は自身ではそう確信していた。また、愛されない目立たないという、それらの原因はこの『毛』の薄さ=非健康体=美しくないという方式だったのだろうと理解していた。

あ、いや、そこは恨んではいない。いいんだ、愛されない、そこは当たり前だったのだから。

幼い頃から思春期はこの『毛』のことで随分悩まされた。艷やかに豊かな毛を纏う兄弟達。漆黒の髪色と瞳、私は、私のそれは、戦後の……米軍基地近隣の望まれない赤子のように疎まれた。

思えば、マンモス校へ入学した私はこの『毛』のことで上級生にまで目をつけられたし、頭髪検査なるもので教師からカラーリングやパーマを疑われて、何度も何度も無意味な呼び出しを食らっていた。じゃあ、なんで入学を許可したんだ、思春期であろうとこの理不尽極まりない校則違反のレッテルには正しい疑問を育てていた。

たかが、『毛』だろうが。

だがね、この『毛』。成人を迎える準備期間あたりから……、何故か、薄くてよかった、柔らかくてよかった、茶色くてよかった、と、実感できるような体験を実感するようになった。

剛毛であることが、大人の嗜みに、害を為すのだ。

剛毛でない私は男女から重宝される、そう知り得ることは素晴らしい体験だった。まるで絶滅危惧種を発見したかのように、同性は羨み、異性は畏まり、丁重に扱うからだ。

面白いことに、内外で私は優位に立つことができた、たかが『毛』だろうが。

毛深い兄弟達は、遠慮なく黒黒と肌を占める部位へ、時に刃を立て異様な悪臭の元を塗り肌を痛めては、忌々しく私のことを羨んでいた。

たかが『毛』だろうが、デリケートな睦み合いには……、いささか無作法だ。特に大事、至極アニバーサリーな月夜のひとときには、生え変わりの産毛が、相手の肌を刺すらしい。


ふ、笑える。


私は思春味の頃から全身くまなく、あらゆる角度からあらゆる自身の部位を観察し続けてきた。兄弟達のようにふさふさとたわわに黒黒と生える『毛』には恵まれなかったが、ところどろこに数本、寂しく迷ったように生えている『毛』を抜いていたのだ。

望んでも増すことがないのだから、さもしく生えている『毛』を何も重宝して惨めったらしく大切にする必要はない、いっそ壊滅させてやると。

肌を撫で、指の感触に少しでも知らせがあった『毛』はとことん削除した。

この、私にとっては成り行きからの当たり前の行いが、たかが『毛』によって起こるデリケートな睦み合いの弊害を失くしたことは、私の、誰にも負けない!という自慢になっていたのに……。

生えた。

アソコに。

あろうことか、アソコに。

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