嗤うより哭きたい時に

人間ド失格_むっつり嗤う

2019/10/28 00:00 投稿

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笑ってない、心底はね。もう笑えてないなと気づいてる、ここ数年ね。なにかで、嘘でも笑顔を作っていれば笑っている時と同じような効果が生まれると知って、作り笑いというか笑顔のような表情を心がけるようにしていた。

ら、そうすると、嗤い顔になった。



いい表情であるはずがなく、人に好かれるはずもなく、底の知れた蓮っ葉な安い娼婦の厚化粧のように不快な人相になっている。これでは、同類しか寄り付かくなるだろう、確かにそうだ望んではいなかったが実証済み。

学生の頃はなんの努力もしないでモテた。

同性からも、ね、愛へは発展しなかったが。見た目は普通だ、ごく。悪くない程度、だがこれが実はよかったりするんだな、安心感というかね、近寄りやすさ。でもね、くっそ生意気にも簡単には、告られた相手がどれほどの相手でもなびかなかった、これ自慢。

何故かってね、だって安売りになるから。

知ってた、近寄りやすい程度の見栄えなんだし、ってね。簡単に近寄ってくんじゃねーぞ、クソが!とか思ってたしね。そして、ことごとくフルと余計にモテてゆくという、これいい連鎖?どうなってたんだろな全く。まーね、学生だしね、若いからね、とにかく。なんでもかんでもループしちゃう年代だよね。

前にも書いたけれど…、媚びることで生かされていると知っていたからには、大人になってからもモテた。そら、そーだよ当然ね。悪いところが少ないんだから。

底辺でないだけだよ。

底辺でないことだけでモテるということに皆が気づけばもっと楽だろうに、モテないと言う人は努力しないし、してるという人はたいがい自分好みの自分がしたい努力しかしない。そして意外にも自己評価が高かったりするんだよね、だから望む相手も一般的に評価の高い相手だったりする。なんだろうね、全く。

あああ、話逸れてるな。

あのね、なんでここ数年笑ってないかってね、笑い方を徐々に忘れてしまったからなんだよね。まーね、病気のこともあるけれどね、今までが上手く行き過ぎたと言うか、そのせいで漆が剥げたと言うか。剥げたところの治りが悪いだけでなく、痛みだしたんだね。

歳をとるごとに穏やかに、心穏やかに懐も広く深くなるのかと思ったが、その多くは妥協点を早く見つけ出せるようになったと受け止めている。その妥協点で諦めるのか、そうできるのか、踏ん張るのか、努力するのか、放置したままにするのか…、たぶん、それらの選び方にまだ慣れていないのかも知れない。慣れていないせいで肝心なものが蔑ろにされている。

そうして、決断判断が鈍って…その分痛んでしまうから、そら楽しい日々なんて明後日以降にしか来ない。これも、この年代に慣れたらよくなるのだろうか…ね?。

なんかね、そこそこにできるって、そうしてきたってね、怖いよ。

例え、何日もかかって治すような激しい失恋でも、あった方がいいんだよきっと。そして、下手な自信でもあった方がいいんだよね絶対に。自分を騙せるくらいのパワーが無いと、人は笑えないんだよね、心底。

わっちゃわちゃ、あーでもねーこでもねーって、うんちく垂れたりさ。何が何でも今日はこれシたい、あれシたいとか、拘って足掻いて張り切って参らないとね、日々を。いや、今を。

むっつり嗤ってちゃ、いけないんだよ。

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