嗤うより哭きたい時に

人間ド失格_タチの悪いクセ扱い

2019/10/07 00:00 投稿

  • タグ:
  • 人間ド失格
  • パニック障害
  • 摂食障害
  • 精神科
  • 悪夢
  • 不眠症
  • 雑記
  • 日記
  • 子供の頃から
  • 金縛り
呼吸が苦しくなり、息が吸えない、死ぬと思ってしまう

そんな恐怖が始まった。最初は救急車、次は救急で病院へ行ったりした。「死んだりしませんから発作が起きたらこれ飲んでね」って薬を受け取る。この状態がパニック障害だと知ったのは、あれから確か3年ほど経ってから。

今となっては記憶が持っていかれすぎて思い出せないが、この10年、年に2~3度の大型入院(内科)に救急搬送で輸血、約月一度は入院、一時は毎日数度吐き続け体重が40kgをきって外出できなくなり、それでも家族は危機感をもつことなく、私が吐くのも食事がとれないのも『タチの悪いクセ』だと思っていた。

実は吐くのは子供の頃から。またこれは別部屋で。



思えば。初めてのパニックは救急で病院へ行った時に、点滴中に看護婦がナニかを注入してから、だ。絶対にアレが最初に違いない。足元からなんとも言えない不快感が襲ってきて、自分の体を傷つけたくなり起き上がって何度も腿を叩いたり捻ったりじっとしていられなかった。目に入った銀色の金属を手に、腿を刺したくなる衝動に駆られながらも「その金属を手にとってはいけない」という意識は確かにあって手で腿を叩き続けた。必死に近くの看護婦にソレを訴えたがナニかを打たれて記憶がなくなった。

それからというもの、突如足元がふかふかし始めてじっとしていられない症状に悩まされ続けた。が、実は、これも子供の頃よく起こった症状に似ている。予期もせず、前触れもなく、足元(足の先)がムズムズしだして動かさずにはいられない、乱暴に。

なんとしても原因を知り治したいと思って、いろんな病院を訪ねたが結局わからずじまい、私はあの看護婦が打った注射の液体が原因だと思っている。

そして、確か2012年か、その翌年、【死】を感じるパニックが起きた。

【ストレス】というキーワードが標準語の仲間入りしている時代、心療内科もメジャー・デビューしていたのに、私はまだ内科と耳鼻咽喉科をめぐり歩いている愚かにも。

よくよく考えると、これもまた、なんだけども。この頃から遡って数年間眠れてなかったんだ。そして、これですら子供の頃からなんだ。

そうなんだよ。

子供の頃から、眠れず毎夜悪夢や酷い騒音に悩まされ続けた。あの図太いような鋭いような金属音が耳というより頭の中で色んな角度から聞こえて煩くて耳を塞いでも聞こえて毎夜泣いていた。今思えば突発性難聴だったのではないか?育ての人は私が呪われていると思っていたみたいだが。

目を閉じれば醜悪な化け物の顔が浮かんで、いや、はっきりと見えて、毎夜毎夜眠るための方法を必死に考え続けた。目を力いっぱい開き続け、目が痺れても疲れてもそれを続けて眠る。そう、気づいたら朝、と言う生活。

眠っても。リアルな悪夢がほぼ毎夜続く。匂い、色、味を感じる。そして生々しい感覚。背を斬られた感触…。化け物や幽霊に誰かが死んだり連れ去られたり、多くは身内だった。ゴジラに襲われる夢も定期、安心して清々しい気持ちで目覚めた記憶がない。また、金縛りも頻発、金縛りが起きる時を予期できるようになった。

一体どうなっていたんだ、私は。

当たり前のように、隠れて食事を吐いた子供。毎夜、眠れない子供。うなされ、泣く子供。急に足をバタバタさせる子供。

もし、今の私があの頃の私にあったら、精神科へまっしぐら。いや入院させよう。いやいや、精神科への入院は避けたい、薬漬けで出れなくなるかも…。

食事の量と食べるスピードを相談してあげよう。
耳鼻科へ連れて行こう、音の原因を探りに。
どんな夢をみたのか聞いてあげよう。
バタバタしたらさすってあげよう。

抱きしめてあげよう。
毎夜。

コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事