嗤うより哭きたい時に

人間ド失格_失意ノ連続ヲ

2019/10/02 00:00 投稿

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生きることは失意の連続とうまく付き合うことだろう、と思う。

人生山あり谷あり』とか言うよね、上下、だと自分にはあまり響かない。上下で表現することが好かない質だからかな。順位をつけることは大事だし年功序列はとても良いシステムだと感じている。年長者を敬う、目下の者を愛おしむ、例えどんな立場にいても生きた年数を超えることはできないのだから、先人達のお蔭で自分の今があるのだからと心底感じているので無条件に敬うべきだ、と感じている。両親の存在が、それだから。

だけど、人生は上ったり下ったりするのか。本当にそうなのか、な。



自分がそういう体験をした覚えがないから『人生山あり谷あり』がしっくりこないのだろう。自分の人生は常に平地にある気がしている。平地であって欲しいのかも知れない。無理クソ分けるなら前後左右に進んで生きていると感じている。

振り返ると、今までの歩みが。
左右をみれば、岐路が。
前方を見やれば、うっすらと道なき道が。

空を仰げば、今手に届かない未知の世界が広がっている。
足元には、今手に取ることができる確かなモノ達が。

だから自分は下ばかり向いて歩いてしまうのか…。よく拾い物をする。うんちを踏むことがない。なんでこんなところにこんなモノが!という発見に心が小躍りしたり。むしろ後方が気になる、危険察知能力?人やモノが近づいてくるのを感じ取ることができる、これ便利。新しい路地の発見は通り過ぎる時に左右をチラ見ることでこなし、これ楽しかったりする。

だけども。

『前』は微妙だ。前方の人を避けるのが下手だし、前方のモノによくぶつかる。自分は左側を歩く、が誰もがそうでないのだから相手に合わせなければならず、近づく距離を測りドキドキしながら通り過ぎる。何故か、何度も経験しているくせに何度も失敗してがっかりするんだ、あんなに気をつけてたのにって。もう、これが、意外とストレスになる、苦手なんだ進むことが。

自分が立っている前は、常に『前』なのに。

空を見上げると、陽の光に目がやられてしばらく妙な残像に悩まされるので、更に苦手。星空なら大丈夫だろう、だが、見上げてるとふらふらしてしまうのでその場を動けないし、え、あの星なんだっけ確か習ったけども、大三角ってやつ?なんてやってるとどんよりするので星は気にしたくないのに見とれてしまって考えてしまって、やはりナニもできない。

既に経験したものが邪魔になって、苦手だからこそ前方への意識が負担になるし、上手にお空を見上げて楽しめないのだろうね。だからね、地上で生きてるだけでこんなに不便な思いをするのに、山も谷もあったらどれだけ辛いんだろうか、と屁理屈をひっぱりだしてしまう。

数年前に登山を経験したことがあった。別段不快なことはなく、むしろ素晴らしい経験をしたと感じた。御来光を拝み、なんたるへぶん~と随分気分が高揚した。同時に、もうどうしようもないナニカノチカラを想像してしまって畏れもあった。これ、絶対神様の存在でしょ。

登りきった世界から見える景色は言葉を失うほどに偉大、いったい、どんな主達がこんな景色を創ったのだろうか、平地を這う者には知り得ない、上り詰めた者にしか見えない世界。

だけれど。

見下ろす世界も壮大で、そこへ戻れるのかどうか…微々たる不安が過る。あれやこれやでここまで来た、今から下らなければならない、ここまでの苦難に打ち勝った苦労やそれで培ったものをここへ置いて。上ってくる時のように、あの時愛でたものをまたあの時と同じ気持ちで愛でることができるのだろうか。あの時以上に愛でることができるのだろうか。

こんな素晴らしい世界から、あの平らな地の民へ戻る喪失感。

下山してたった数日で、全くもって登山の楽しみや爽快感、体験を何かに活かす術もなく失ってしまった、なのに喪失感だけは今も感じる。どんなだったろう、あのあたたかな陽の光の匂いや眩しさは。確かにあったはずなのに。どんなに高解像度の写真であろうが偉い学者さんの説明であろうが表現できないに違いないあの思いを失ってしまった。

ただね、なんてちっぽけなんだ自分は、って思ったことを忘れないでいようと思う。

ちっぽけでつまんない人間のすること、だ。失敗だらけだろう。善くないことを思うこともあるし、誰かの役に立てることもそんなにないだろう、それをしっかりと自覚するんだ。誰かに叱られ、嫌われることも沢山あるだろう、だって、だって自分はちっぽけなんだ、地を這って生きてるんだ。

あの天空の主達が、たまに踏んづけてくることもあるのだろうから、その時本当にもっともっと失いたくないものを失うこともあるのだろうから、今少しがっかりしてるからって、少々色んなことが上手くいかないからって、もっと頑張らなきゃとかって自分の好き勝手に意気込んだり、あの時のような御来光をまた見ようとは思わず…、苦手だけども、何度もぶつかるけれども、

『前』を向いて歩こう、と思う。

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