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天皇陛下の「お気持ち」表明を受けて(1) 天皇陛下から国民への御相談にどう答えるか?

2016/08/09 23:38 投稿

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< 目 次 >
(1) 天皇陛下から国民への御相談にどう答えるか? ←いまココ
(2) そもそも天皇とは何なのか? 日本の権威を担う天皇
(3) そもそも天皇とは何なのか? 祈りを捧げる天皇
(4) かつては戦争も引き起こした天皇の譲位
(5)’ 嫡出子継承を守る英国、男系継承を守る日本 [9/10改訂]
(了) 伊藤博文たちが考えた天皇の譲位問題と、最後に私見
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さて、8月8日に天皇陛下がお気持ちを表明されたことで、にわかに御譲位に関する議論が盛り上がっています。

終身制を想定した明治以降の天皇位

天皇の位というのは、今上天皇陛下が「一身上の都合により、辞めます」とおっしゃって皇太子殿下に譲れるものではありません。天皇位の移動については、日本国憲法と皇室典範という法律に定めがあります。

日本国憲法
第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

皇室典範
第四条 天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。
第二十四条 皇位の継承があつたときは、即位の礼を行う。

「天皇陛下が崩御された時に継承順位に従って継承される」と決められている訳ですが、生前に御譲位できるとの文言はありません。つまり、議論の出発点は、必然と「憲法、法律にない以上、出来ない」という所からになります。

この現行法では出来ないことを可能にするかどうかは、国民が考えることです。なぜなら、憲法と皇室典範によって上記のように決められており、これを変更するには国会の議決が必要だからです。

国政に関与できない陛下が国民になされた御相談

天皇陛下は、次のように前置きをされていましたよね?

本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

さらに、お言葉の締めでは、

憲法の下(もと)、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。

国民の理解を得られることを、切に願っています。

と、おっしゃっています。

このお言葉を受けて、仮に「天皇陛下が、このようにおっしゃられるのだから、ご譲位できるようにすべきだ」と法改定へと突っ走ったらどうなるでしょうか?

それは、「政治に関与できない天皇陛下の御意思が、政治にそのまま通ってしまった」という前例を作ることになります。象徴天皇という存在を誰よりも深く考えてこられた今上天皇陛下の晩年に、そのような悪しき前例を作ることは回避する方が良いでしょう。

よって、天皇陛下の今回のお言葉は、国政に関与できない天皇位を務める天皇陛下が、国政を担う国民に対して「私はこのように考えるのですが、どうでしょうか?」と御相談を持ちかけられた、と受け止める必要があります。

天皇の地位は、日本国民の総意に基づく

日本国憲法には、このような定めがあります。

日本国憲法
第一条  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

つまり、「天皇とはどう有るべきか?」という今回の問題は、天皇陛下がお一人で考えて、天皇陛下がお一人で結論を出せる話ではありません。天皇位は日本国民の総意に基づくものであり、日本国民ならば、他人事にしないで考える必要があります

天皇陛下の御相談に対しては、主権を持つ日本国民が総意として「天皇陛下には、このように居ていただきたい」と、回答をお返しするのが天皇と国民の望ましい姿でしょう。

天皇制のある日本の国民になっているのですから、天皇・天皇制に興味がなかった人も、いい機会だと思って考えてみましょう。他の国にうまれていたら、今上天皇陛下が天皇である平成の時代に生きていなかったら、考える機会すら無かった話です。

そうは言っても、「天皇が何してるか知らないし」という方も多いと思います。
そのため、いま必要なのは「天皇って、そもそも何なのか?」という話なのだと思います。

私は、たまたま天皇論が多く語られた時期を過ごしましたし、高校では日本史を選びましたから、少しは知っているつもりです。私なりに思うこともあるため、全3回ぐらいで書き留めておこうと思います。

(つづく)
         ◇         ◇         ◇

天皇陛下「お気持ち」表明 全文

戦後七十年という大きな節目を過ぎ、二年後には、平成三十年を迎えます。

私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。

本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

そのような中、何年か前のことになりますが、二度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。

私が天皇の位についてから、ほぼ二十八年、この間(かん)私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ヶ月にわたって続き、その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が、一年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

始めにも述べましたように、憲法の下(もと)、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。

国民の理解を得られることを、切に願っています。


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