米Monster社とライセンシー契約を結ぶスタンドアロンで動く超小型DJシステム『Monster GO-DJ』。実はこの製品の開発元は仙台の小さなベンチャー企業だ。洗練されたコンパクトなボディーにターンテーブル、ミキサーなど多彩な機能を搭載している本格派。しかも、ハードウェア第1弾製品という。地方発でいきなり世界を狙いに行く挑戦はなぜできたのか? JDSoundの宮崎晃一郎代表に話を訊いた。
週刊アスキー4/28号 No1025(4月14日発売)掲載のベンチャー、スタートアップ企業に話を聞く対談連載“インサイド・スタートアップ”、第23回は小型DJ機器『GO-DJ』を開発販売するJDSoundの宮崎晃一郎代表取締役に、週刊アスキー伊藤有編集長代理が直撃。
↑重さ286グラム、超コンパクトサイズの持ち運べる完全自律型DJシステム。実売6万円前後。ターンテーブルやイコライザーになる左右2つのタッチパネル液晶、中央には6つのノブ、再生と一時停止ボタン、キューボタン、クロスフェーダーを搭載。DJが要求する機能を備えた。
■強力な音楽演奏チップ開発の経験から、ポータブルDJシステムが生まれた
伊藤:『GO-DJ』は初の製品なんですよね? 完成度の高さに驚きました。
宮崎:ありがとうございます。
伊藤:音響機器メーカーご出身ではないと聞いて2度驚いて。
宮崎:もともとは半導体設計が専門で、モトローラでは自動車のエンジンコントローラーなどをつくっていました。
伊藤:本当にまったく関係ないですね(笑)。では、どういうきっかけでポータブルDJをつくることになったんでしょうか。趣味で音楽を演奏されていたとか、DJ機材が好きだったとか。
宮崎:いえ、それもないんです。むしろ苦手な分野でしたね。
伊藤:なのに、なぜ?
宮崎:半導体設計のベンチャーに転職し、パチンコ、パチスロメーカー向けのカスタムチップを開発したんです。そこから音楽プログラムのキャリアがスタートしました。
伊藤:それは音楽関連技術のチップだったのですか?
宮崎:パチンコ、パチスロ機で再生される映像に合わせて、音楽を演奏するためのチップです。
伊藤:具体的にどういう処理をするんでしょう?
宮崎:当時のパチンコ、パチスロ台向けのチップに要求されたスペックは、同時に16音を高速出力すること。この要求に基づいて設計しました。『GO-DJ』の中にもDSPチップ(Digital Signal Processorの略。音声など大量のデジタル信号を高速処理するための専用の半導体チップ)が入っており、非常に強力な処理能力があります。
伊藤:そうした背景があったとは。ポータブルDJの企画が出たのはいつごろですか?
宮崎:2011年の秋ごろです。1年弱かけて開発し、2012年末に発売しました。
伊藤:しかし、それまで楽器やDJ機器は触っていないんですよね。相当勉強されたのでは。
宮崎:まったく縁がなかったので、まずはクラブに出かけて勉強しました。DJに声をかけて、教えてもらったりして。
伊藤:その時点では、まだ製品がないというのに。いきなり声をかけちゃうんですか!
宮崎:そうです。クラブのDJに「こんなものをつくろうと思っているんだ」と説明しても、なかなか伝わらない。「つくろうってどういうこと?」って、ぽかん、とされましたね(笑)。
伊藤:そりゃ、なりますよ。
宮崎:根気よく説明して、いろんなDJと話をしたことで、生の声を得られました。彼らがどんなものを求めているのか。DJをやっていても、全員が全員、DJ機器や音楽に精通しているわけじゃないこともわかった。
伊藤:クリエーターの領域までいっている方もいれば、そこまでではない方もいるんですね。
宮崎:機能や技法はわからなくても、ノリや感性でプレイを楽しんでいるようです。
伊藤:2008年頃にはスウェーデンのDJガジェット『Pacemaker』が一時期ブームになりましたよね。あの頃は、iPhoneアプリでも音楽を演奏するシーケンス機能の付いたようなものがちょこちょこ出てきていました。
宮崎:実は製品を開発するにあたり、Pacemakerも参考にさせてもらいました。取り扱っていた商社に問い合わせて、問題点やユーザーさんの反応などを教えてもらったんですよ。
伊藤:Pacemakerは終了してしまいましたが、現在、ほかにもポータブルDJ製品は存在するんでしょうか。
宮崎:今は我々だけですね。正直、この市場があるのかないのか、まだ答えが出ていません。
伊藤:ファンはとても熱いのに。DJ機材やシーケンサーアプリの演奏は、ニコ動でめちゃめちゃ盛り上がります。なぜ終わってしまったんでしょう。
宮崎:Pacemakerは話題性はあれど、製品としては未成熟だったんです。不足していた機能や使いやすさなどの課題をクリアーすれば、新しいマーケットがつくれると思いました。
■モンスター社との運命的な出会いから、『Monster GO-DJ』として世界へ
伊藤:では、製品を出したときの反響も大きかったのでは?
宮崎:それが……プロモーションする予算がなくて、プレスリリースを流した程度だったのです。だから、スタート時の話題性はそれほどありませんでした。
伊藤:発売当初は、プロモーションにも苦労されてたんですね。それがモンスター社のライセンスを受けて、GO-DJで一気に。モンスター社とはどこでつながったんですか?
宮崎:2013年の3月にSXSWに出展しました。ブースの斜め向かいが、モンスターさんだったんです。すると、ノエル・リー社長が最終日に視察に訪れました。そこで製品をお見せしたら、向こうも以前から興味をもっていてくれていたんです。
伊藤:年末に発売したばかりの製品を知っていたとは。さすがリサーチ力がありますね。
宮崎:彼らは音楽ケーブル、ヘッドホン、スピーカーをつくっているメーカーです。しかし、肝心のプレーヤーがない。そこでモンスターのブランドで、他社にはない新しいものを入れたいと考えていたようです。
伊藤:運命的な出会いですねえ。
宮崎:すぐにSXSWのVIPルームでデモをさせていただき、イベント後にモンスター社に訪問して、ライセンス契約することになりました。そこから彼らのリクエストに応えながら製品をアップデートして完成したのがGO-DJです。
↑SXSW後にモンスターの本社へ。発売後すぐにモンスターと交渉。日本のハードウェアベンチャーでこんなストーリーはなかなかない。
伊藤:やはり、モンスターのブランド力は大きいですか?
宮崎:特に海外では大きいです。もともとはノンブランドなので、海外の展示会では信用がありません。「ちゃんと動くのか?」をしっかりデモンストレーションして説明しなければならない。モンスターブランドなら、性能や音質の説明が要らず、すぐに値段や取引の話に入れます。
↑SXSW2013でミュージシャンに大うけ! 発売直後に米国イベントSXSWへ出展。実際に触ることで製品の魅力が伝わる。イベント露出は積極的だ。
伊藤:現在の日本と海外との売り上げの比率は?
宮崎:1:2くらいです。
伊藤:3分の2は海外。すごいなぁ。これもモンスターのプロモーション力なんでしょうか。
宮崎:そうですね。モンスターは日本での知名度こそあまり高くありませんが、ヨーロッパや中国は、モンスターブランドが強く、入り込みやすいです。
伊藤:これだけ世界中で販売していると、類似品が出てくる心配はありませんか。
宮崎:ソフトに関する著作権は7件くらい申請しています。また中のメインプロセッサーなどは独自開発なので、きっと真似できないでしょう。コピー製品の心配はしていません。
伊藤:購入層はプロとアマチュア、どちらが多いですか?
宮崎:中間層ですね。セミプロまではいかないけれど、パーティーで演奏して楽しめるレベル。ほかにもたくさんの機材をもっていて、そのなかのワンアイテムとして所有するパターンが多いようです。これ1台だけで済ませている方は少数でしょうね。
伊藤:チュートリアルの動画を拝見しましたが、相当な数の機能があって驚きました。
宮崎:ユーザーさんとコミュニケーションをとりながら、ファームウェアをアップデートして機能追加しています。
伊藤:ハード製品なのに、どちらかというと、ウェブサービスのような柔軟な対応ですね。けっこう大きめの機能追加もある。
宮崎:パッドの機能など、思いつくとすぐに入れたくなっちゃうんです。入れるとユーザーさんがよろこんでくれて、また次のリクエストがくる。
伊藤:シーケンサーも入っていますよね。ミックスとビートマッチング機能だけでも十分なのに、全部入っているのはすごい。
↑フェイザー、フランジャー、ディレイ、フィルター、ロール、ビットクラッシャーの6つのエフェクトを搭載。ターンテーブルを指で回転し、エフェクトをノブで調整しながら、物理的な操作で曲がつくれる。
宮崎:ハードウェアに関しては、次期製品を待ってもらうしかありませんが、ソフトウェアで対応できる部分は、できるだけファームウェアで追加していきたいと考えています。
伊藤:SDメモリーカードでデータをコピーできるのがいいですね。シーケンサーのデータや、リズムパターンのコミュニティーができたらおもしろい。
宮崎:まだありませんが、もうすぐ出てきそうですね。
伊藤:ところで、ハードはどこで製造されているんですか。
宮崎:韓国にパートナーがいて、ハードは韓国製造です。仙台は、回路の設計とソフトの設計開発を担当しています。
伊藤:当初の資金調達は、どうされていたんでしょうか。
宮崎:プロトタイプは、自己資金と韓国の助成金を活用しました。日本の助成金は、事業の完了後の支払いになりますが、韓国では、審査がとおれば先に助成金が受け取れます。資金調達の面でも韓国は有利なんですよ。
■GO-DJで培った技術をベースに、新たなオーディオ機器をブランド展開
伊藤:2012年末にGO-DJを発売して、2年半近くが経ちます。次の製品の予定はありますか?
宮崎:オーディオ機器に特化しているベンチャーは今のところ見当たらない。そこで、エフェクター、ポータブルオーディオなどへの展開も考えています。
伊藤:この技術をベースに、いろいろできそうですね。DJアプリの『djay 2』は、音楽ストリーミングサービス『Spotify』と連携してオススメ曲を全自動リミックスする機能がある。自分の音楽の聞き方が変わりました。これがハードでもできたら、おもしろい気がします。
宮崎:あれは画期的ですね。でも“DJとはなんぞや?”と考えた場合、選曲にDJのセンスが出るのがおもしろさではないかと。無数の曲のなかから適当に曲をかけるのは、プレーするDJ個人の色が出ない。
伊藤:なるほど。新しい音楽体験としてはおもしろいけど、DJの本質を追求すると、また違ってくるというのは確かに。
宮崎:GO-DJは、たくさんの曲があることよりも、DJの本質を大事にしたいです。
伊藤:音楽機器のおもしろさは、体験してこそ伝わるものだと感じます。今後、イベントなどでの露出予定はありますか?
宮崎:いま、仙台でブリティッシュパブ『HUB』と組んで、DJパーティーをやっています。小さなお店にはDJ機材を置くスペースがなく、DJイベントをやりたくてもできなかった。それがGO-DJならカウンターのすき間に設置できます。
伊藤:それは楽しそうだ。仙台以外でも開催してほしいです。
宮崎:仙台で2、3回やって反応がよければ、全国のHUB80店舗での開催もありえますよ。
↑小型ならでは店内カウンターで生DJプレー。英国風パブ『HUB』では、カウンターの小さなスペースがDJブースに。ビールサーバーの隣から音が出る。
伊藤:オールインワンの手軽さから、いわゆるクラブっぽいDJ以外のほうで広がる気がします。時間帯によってアニソンを流しているクラブもありますし。
宮崎:実際、アニソンDJのユーザーさんが多いんですよ。今年は全国を回って、できるだけ多くの方に実機のプレーを体験してもらいたいです。
株式会社JDSound
代表取締役
宮崎晃一郎
東北大学卒、イリノイ大学アーバナシャンペーン校修了。モトローラ株式会社にて半導体設計に従事。その後、複数の音楽機器開発に携わり、2012年に株式会社ファウディオ(現JDSound)を設立。
■関連サイト
Monster GO-DJ