『EAGLE EYE(イーグルアイ)』はまだ製品のカタチも定まっていない発売前のプロダクトだ。しかし、世界のニッチ市場に挑戦できると経済産業省の育成支援事業に採択され、海外の特にEU市場を視野に勝負しようとしている。狙いは巨大市場のアマチュアサッカークラブへ、プロで導入が進んでいるウェアラブルデバイスでのセンサー分析を持ち込むこと。安価な価格で提供するというが、どう展開していくのか、その秘密を訊いた。
週刊アスキー4/21号 No1024(4月7日発売)掲載のベンチャー、スタートアップ企業に話を聞く対談連載“インサイド・スタートアップ”、第22回はサッカー先週の動きをデータ化するウェアラブルシステム『イーグルアイ』を開発するUp Performa(アップパフォーマ)の山田修平CEOに、週刊アスキー伊藤有編集長代理が直撃。
↑写真左はEAGLE EYEの端末で、サイズは54×45ミリ。移動速度や距離、位置情報などのデータを記録し、スマホを介してサーバーにアップ。トレーニングなどに役立てられる。
■最初はデータを取れる野球ボールをつくろうとしたが、ビジネスの観点から断念しサッカーにたどり着いた
伊藤:いきなりの質問なんですが、イーグルアイはなんというジャンルの製品になるんでしょうか?
山田:人の動きをセンサーで取得し可視化する“モーション・ロガー”というハードウェアを販売します。スポーツ選手の動きを捉えてログしていくための機器です。得られたデータをスマホを介してサーバーに送り、データ分析をして戦術理解やトレーニングの効率化に役立てるシステムも提供します。
伊藤:なるほど。山田さんは、スポーツ工学とかそういった分野が専門だったのですか?
山田:いえ、全然違うんです。
伊藤:ええ?(笑)。どうしてこういう製品をつくろうと?
山田:僕は学生時代に野球をやっていて、ポジションがピッチャーだったんです。それで最初は、データが取れる野球ボールをつくろうとしました。カーブやフォークがどういった回転や速度で変化しているのかがわかれば、ピッチング練習に役立つだろうと思ったんです。
伊藤:野球のボールはかなり難しそうですね。相当な精度のデータが求められる。
山田:そうなんです。だからアイデアだけで終わりました。ただ、野球のボールを諦めた理由としては、技術的な課題よりもビジネスの側面のほうが大きいんです。というのは、野球ボールだとチームに1球しか買ってもらえないじゃないですか。
伊藤:なるほど、たしかに。そうすると、製品の価格はどうしても高くなっちゃいますね。
山田:そうなんです。けれど、“スポーツの定量化”という切り口は捨てがたい。それに“ウェアラブル”や“IoT”、“センシングデータ”といった切り口も最初からあったので、別のスポーツを考えた結果、サッカーにたどり着きました。
伊藤:サッカーだったら、1チームに最低11個は必要ですからね。納得です。
山田:サッカーにしようと考え始めて市場を調べてみたら、プロ向けのビデオシステムはすでに販売されていることがわかりました。だけど、ものすごく高価なんですよ。
伊藤:高いというと?
山田:導入に1000万円、維持費は年間80万円、データ分析に1回50万円というような価格です。これはアマチュアチームには払えないですよね。
伊藤:絶対に無理ですね。というか、プロでもかなりハードルが高いと思います。
山田:僕は最初からアマチュア向けを考えていましたので、プロが使っているシステムと同じようなことができて、価格を抑えることができれば可能性はあるんじゃないかと感じたんです。
伊藤:なるほど。価格はどれくらいを目指しているんですか?
山田:現時点では、本体の価格を1万5000円くらいにしたいなと考えています。
伊藤:となると、チーム全体では約15万円。それに加えて、データ分析に月額料金がかかるようなモデルですか?
山田:そうですね。月に800円程度の料金設定にしたいです。本体1個ごとなのか、チームごとに課金するのかはまだ検討中ですけれど。
伊藤:それだったらハードルが下がりますね。ただ、プロ向けのシステムとは100倍くらいの価格差があるわけで、もう少し価格を高めに設定するという判断もあると思うんです。たとえば大学のクラブだったら、予算もある程度はありますよね。
山田:そうですね。そこは判断が難しいところですが、最終的には個人でも無理なく買える価格にして、まずは製品を手にしてもらうという方針にしました。将来的には本体を無料で配布して、月額料金で回収するモデルもありうると思います。
伊藤:なるほど。最低契約期間を2年とか長めにとればいい。
山田:実は最初からそのモデルでもいけるかもしれないんですが、やはりスタートアップ企業なので、ハードウェアはちゃんと代金を回収したほうがシンプルかなと。
■全世界に約32万7000のクラブチームがあり、そのうちの多数を占めるEUをターゲットに
伊藤:そうですね。ところで、アマチュア向けというと、たとえば地域のサッカークラブなんかが使うわけですよね。そういうクラブは、どれくらいの母数があるものなんですか?
山田:FIFA(国際サッカー連盟)が公表しているデータだと、全世界に約32万7000のクラブチームがあります。そのうちEUが18万弱、東アジアとアメリカは2万弱です。
伊藤:日本にはどれくらい?
山田:日本は約1万クラブです。
伊藤:へえ、思ったよりも多いんですね。ただそうなると、狙いはEUですよね。圧倒的に数が多いですから。最初は日本で販売をスタートして、それから海外展開という流れですか?
山田:いえ、最初からEUを考えています。それと、アメリカの西海岸ですね。
伊藤:西海岸に限定するのには、何か理由があるんですか?
山田:シリコンバレーに地理的に近いからですね。僕らが情報を発信したり、開発の拠点にするのに適しているというのも理由です。
伊藤:なるほど。では、イーグルアイの仕組みについてもお聞きします。選手が身に付ける本体にはGPSや加速度センサーを搭載していて、スピードや距離が把握できるんですよね。チーム全体の動きは選手全員がセンサーを身に付ければ把握できますが、ボールの動きはどうデータ化するんですか?
山田:センサーは選手だけに付けるので、ボールのデータは取れないんですよ。アディダスが弾道データを取れるセンサー内蔵のボールを発売しているので、将来的にはこれを利用するのもアリかなと思っていますが、現状では選手の動きだけを見るためのシステムです。
↑スマホのアプリでプレーを解析。ピッチ上のどのエリアを中心に動いているか、動きの量と場所をヒートマップで記録(左)。選手間の動きなども、位置関係や変化がわかりやすいようアニメーションで表示する。
伊藤:僕はあまりサッカーに詳しくないのですが、ボールの動きがわからなくても、選手の動きが見られれば戦術理解に役立てられるものなんですか?
山田:ボールの位置はもちろんわかったほうがいいんですが、それがないとダメというわけではないですね。先日、元日本代表監督の岡田武史さんにお会いする機会があったんです。そこでお聞きしたのは、サッカー選手はボールと味方、敵の位置を把握しながら自分のポジションを決めていて、味方との距離を一定に保ったり味方と三角形や六角形をつくるようなポジション取りを意識することも重要なんだというお話でした。
伊藤:へえー、じゃあ、それをできるようにするための練習もしているんですね。
山田:トレーニングではお互いをヒモでつなぐことで、距離感を身に付けるそうですよ。プロはそれを50センチとかのレベルで意識できて、その感覚の差がプロとアマチュアの差になっているんですね。
伊藤:なるほど。アマチュアの選手がイーグルアイを使う理由は、そこにあるわけだ。あとからデータを見直して「ここの場面では、味方から離れすぎだ」と指摘されれば、理解しやすいですからね。位置情報の精度はどれくらいなんですか?
山田:GPSの精度に依存していて、現状だと誤差は2メートルくらいです。ポジショニング以外だと、動きのスピードや距離も重要ですね。時速24キロよりも速い動きを“スプリント”と呼んでいるんですが、試合中のスプリントの数を見ればどういう選手かがわかります。
伊藤:なるほど。後半にスプリントが減れば「ああ、あいつはバテるのが早いな」とか。
山田:それに「ああ、この選手は走ってないな」といった事実も一目瞭然です。中学生にも製品テストで協力してもらったんですが、彼らは口をそろえて「これ、ヤバいって。全部バレる」と言っていました(笑)。
伊藤:たしかに、それはイヤだなあ(笑)。計測したデータはリアルタイムで送信するわけではなく、本体内に蓄積するんですよね。これはなぜ?
山田:バッテリー消費が激しくなるので、リアルタイム送信機能はあえて外しています。
伊藤:そうか、電波を常に飛ばすのはバッテリーを食いますね。どれくらいのデータを蓄積できるんですか?
山田:メモリー容量は64MBで、だいたい2試合ぶんです。バッテリーは4時間もちますので、こちらも2試合ぶんですね。
伊藤:それで試合後に、スマホへブルートゥース経由で送信してアプリからサーバーにアップしていく、と。センサーを装着する場所は腕ですよね?
山田:そうですね。ゴムバンドで留めるのですが、次のバージョンではバンドも一体成型にしようかと考えています。そのほうが装着時のフィット感につながりますし、製造面でのメリットもあります。
伊藤:たしかに、組み立てなどの工程が少なければ製造コストを下げられる。各選手がどの位置にいたかとか、スプリントがどれくらいあったかといったデータの分析や閲覧は、専用アプリから行なうんですよね。その先のチーム強化につながるアドバイスもしてくれるんですか?
山田:現状ではその機能はまだなくて、チームのコーチなどがデータを見ながら行なうことになります。将来的には、オンラインのコーチングサービスを提供することも考えていますね。
伊藤:そのサービス、自社で提供できます?
山田:いえ、自社でやる必要はないのかなと。オンラインのコーチングサービスを提供している会社と提携して、いっしょにやることを考えています。
伊藤:それは必要ですね。アマチュアのチームに、データ分析からチーム強化に結びつける能力をもった人材がゴロゴロいるとは思えないですから。では最後に、今後のスケジュールをお聞きします。
山田:4月~6月は開発がメインになると思います。ユーザーテストを繰り返すなどして、製品の精度を上げていきたいなと。そのあと、7月~9月にはクラウドファンディングに出したり、展示会に出展したりですね。ドイツで開催される家電ショー“IFA”にも出展予定です。
伊藤:発売はいつですか?
山田:来年1月のCESでは“販売中”というカタチで展示したいと考えているので、'15年内の発売を目指しています。やはり製品の知名度を上げていかないといけないので、展示会への出店やメディアへの露出はどんどん積極的に行なっていきたいと考えています。
株式会社アップパフォーマ
CEO/代表取締役社長
山田修平
1980年生まれ。少年時代よりプログラミングに親しんだが、大学卒業後は大手アパレルチェーンに入社し国内やパリなどで店長を務める。退職後は独学で3Dモデリングや回路、基板設計などを学び、2014年7月にアップパフォーマを設立。
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