後年、怪獣ライターのヤマダマサミ氏と知り合って彼の自宅を訪ねたとき、布団の上に何かが落ちていて、「これナニ?」と聞いたら、「ガラモンの背中のヒダヒダだよ」と言われた。それはナイフか何かで切り出したようなスポンジのカケラで、ガラモン製作時に余ったものを高山良策氏からもらったのだそうだった(高山氏=ガラモンの生みの親)。
そんなヒダヒダのついた体に魚のアンコウみたいな顔のついた怪獣(生物)ガラモンが、実は隕石にみせかけた無線操縦ユニットでコントロールされるロボットだったという結末は衝撃だった(ネタバレですみません)。それまでひたすら素直に育ってきた当時小学生の私は、どう自分の中で整理すべきか黙るしかないような出来事だった。
これからロボットの世界は、これに匹敵するパラダイム転換が、さまざまな形で起こるのではないかと思う。
いちばん分かりやすいのは、私も昨年からハマっているドローンがそうだ。2010年にPARROT社の『AR.Drone』を体験したときには、まだ“新世代のラジコンヘリ”というような感覚だった。それが、昨年7月に買った『DJI Phantom2 Vision+』は、箱から出してはじめて飛ばした瞬間に「これってロボットじゃん」と思った。
↑これがDJI Phantom 2 Vision+。今我々が気軽に買える“クワッドコプター”と呼ばれるタイプのドローンには大きくわけて2種類ある。ひとつは、コントローラーの手を離したらその場で中空に“糊”で貼ったようにホバリングするもの。もうひとつは、昔ながらの一瞬も気を抜かずには飛ばせないものがある(詳しくは週アスPLUS『はじめての“ドローン”買い方ガイド by遠藤諭』参照)。
DJI Phantom 2 Vision+(これはGPSを使っている)や『PARROT mini Drone Rolling Spider』(これはカメラや超音波を使っている)が、自分の目の前で中空で指示を待っているようすは、まさに『禁断の惑星』のロビーや『宇宙家族ロビンソン』のフライデー(米国では単に“Robot”)が“突っ立っている”様子にソックリである。
今週発売の『週刊アスキー3/10号 No1018』にペーパークラフト(ペッパークラフト)がついたソフトバンクの“Pepper”の場合には、形はむしろわかりやすいロボットである。“感情認識型ロボット”ということが打ち出されているが、メカニズムとしては“クラウドAI型ロボット”とでもいうべきものだ。デジタルの世界のここ10年ほどの最大のトレンドは、たぶん“クラウドコンピューティング”だろう。スマホでさえその文字どおり“端末”でしかないといえる。
↑Pepperくんのペッパークラフト。Pepperというのは、これからクラウドで切り開ける世界のフロントエンドはどんな形がよいかに対するひとつの答えとして提示されているのだと思う。そこでは“感情認識”が重要だという意見なのだろう。開発環境も公開されているから、いろんな人がさまざまな使い方を提案してくるに違いない。しかし、重要なのはこれがクラウドの一部であるというようなパラダイム転換だろう。これからIoTの時代をむかえて身の回りの様々なものがネットにつながる。“PC”と“スマホ”と“タブレット”と“テレビ”のほかに、ネットと明示的につながるものはこれだけでよいという主張なんかもあるかもしれない。
人とロボットの関係といえば、“アマゾン・メカニカルターク”やロボット手術支援システムの“ダ・ヴィンチ”なんかも、ロボットのパラダイムを変えるものだ。メカニカルタークとは、直訳すると“機械仕掛けのトルコ人”ということになる。名前は、18世紀にヨーロッパを巡業してまわったチェスを指す人形に由来する。これが、見かけは機械だが中に人間が入ってさしていたのだ。アマゾン・メカニカルタークは、プログラムがAPIを呼び出すとクラウドソーシングで人間が処理するしくみである(一般的なクラウドソーシングでもあるが)。
ダ・ヴィンチのほうは、マスタースレイブ型内視鏡下手術用の医療用ロボットと呼ばれるもので、一種のマニピュレーターである。これは、任天堂の横井軍平氏による“ウルトラハンド”(離れたところにあるモノを掴んでもってくる道具)や、トミーの“アームトロン”(わずか1個のモーターで実に6軸の自由度で動くハンドロボット)の世界。要するに男の子的にはとても“萌える”領域なのだが、それが人間のために使われるという象徴的な領域に入りこむロボットといえる。
我々の生活は、まさに鉄腕アトムが“科学の子”と言ったとおり、1900年頃までに成立した近代科学の上に成りたっている。わかりやすい例をあげれば、メディア産業は1900年頃の精密機械、光学、化学、その後にエレクトロニクスと呼ばれることになる技術によってメディア産業が成立した。それまで、コンサートや演劇など“実演”しかなかったのが、レコードや映画やラジオが登場。いわば、音楽・演芸の“工業化”が行なわれたわけだ。ところが、そのようにして成立したものが少しずつネットとデジタルによって陳腐化しているのが今の時代と言える。
↑ソニーのAIBO。ロボットという言葉は、100年近い歴史を持つノスタルジックな響きをおびたものになってきている。ご存じのとおり、カレル・チャペックが1920年に発表した『R.U.R』という戯曲で使われたものだ(機械ではなく有機的な存在だが=カレル・チャペックの兄のヨーゼフの命名だという説がある)。そして、メディアと同じように工業化されて誕生したところからほんの少ししか脱しきれていないのではないかと思う。そういうなかでは、ソニーの『AIBO』は土井利忠氏にインタビューしたところその背景に“自律型エージェント”の議論があることに感動した。ロボットの将来とは、すなわちコンピュータサイエンスの新領域そのものであり、ひょっとしたらメディアも含めた次の概念であるべきではないかと思う。
P.S.
私の自宅に未開封の“AIBO”が1台ある。2台買って、1台を仕事でいじっているうちに自宅のものはそのままになってしまっていたのだ(仕事というのは『月刊アスキー』の記事や『AIBO誕生!』という1万8000円もする本もつくった)。ある日、玄関のほうでピンポーンと鳴って宅急便屋さんが段ボールに入ったそいつを届けてくれたときには、本当に未来を感じたものだった。あれから15年ほど経過しているのですよね。
【筆者近況】
遠藤諭(えんどう さとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。元『月刊アスキー』編集長。元“東京おとなクラブ”主宰。コミケから出版社取締役まで経験。現在は、ネット時代のライフスタイルに関しての分析・コンサルティングを企業に提供し、高い評価を得ているほか、デジタルやメディアに関するトレンド解説や執筆・講演などで活動。関連する委員会やイベント等での委員・審査員なども務める。著書に『ソーシャルネイティブの時代』(アスキー新書)など多数。『週刊アスキー』巻末で“神は雲の中にあられる”を連載中。
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