作家・中国古典研究家
守屋 淳
作家、中国古典研究家。1965年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。大手書店勤務を経て、現在は中国古典、おもに『孫子』『論語』『老子』『荘子』『三国志』などの知恵を現代にどのように生かすかをテーマとした執筆や、企業での研修・講演を行なう。単なる古典の解説にとどまらず、時代背景や、現代の事例、エピソードを多々交えながらのスピード感ある飽きさせない講義に定評がある。主な著書に『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書)など。『最高の戦略教科書 孫子』(日本経済新聞出版社)は10万部のベストセラーになっている。
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進藤:守屋さんがお書きになった『最高の戦略教科書 孫子』は、読者傾向がこれまでと少し変わってきたそうですね。
守屋:基本的に孫子って、経営者やビジネスマンが好んで読む本だったんです。でもこの本は30代の読者が3割ほどいて、さらに意外なほど女性の読者が大勢いたことにも驚きました。女性だけの孫子の勉強会では、みなさんどうやらイヤな上司にいかに対抗するかみたいな観点で読まれているようで。
進藤:おもしろいですね(笑)。では、まずは「孫子ってなに?」というところから解説をお願いします(笑)。
守屋:わかりました(笑)。いまから2500年前、中国の春秋時代末期に活躍した孫武という将軍が書いた本だと言われています。諸説ありますが当時は戦乱が厳しい時代で、ライバルがたくさんいるなか、国同士がしのぎを削っていたわけです。そんななかで孫武はどうふるまえば自国が生き残れるかを考えてこの本を書いた、それが孫子という本だと言われているんですよ。
進藤:戦うための書、ですよね。
守屋:はい。兵法書と言われておりまして、兵法とは現代の言葉に直すと戦略と同じです。両方とも戦いのノウハウという意味ですね。つまり競争状態のなか、どのように成果を上げていくかというテーマで書かれた本なんです。
進藤:現代も情報過多のなかでどう生き抜いていくのか厳しい状況です。環境としては重なるところがあるのでしょうか。
守屋:ええ。いまから10年前くらいは、たとえば講演で孫子の話をすると終わってからかならずひとりかふたり中小企業の社長さんがやって来て、「うちの会社は孫子なんかいらないんだよ」みたいな話をされるんですね。
進藤:あら?
守屋:ようするに商売というものはお客さまと信用を築いてたしかなものをつくることなので、策略も駆け引きも必要ない、というんです。
進藤:ほほう。
守屋:そのとおりだと思うんですよ。自分だって孫子の言葉をふだん使うことはありませんし。
進藤:そうなんですか。
守屋:ただし、ここ3、4年はそういうことを言う社長さんはいなくなりましたし、それどころか私の講演を2回聞きに来る人まで出ていらっしゃいました。それほど現代は競争が激しくなっちゃったのかなと、講演を通じて感じることがあります。
自分を知るためには論語を読むといい
進藤:そもそも守屋さんが中国の古典にハマったのは。
守屋:父が守屋洋と申しまして、中国古典の翻訳書とか解説書を大量に書いているんですね。なので、子ども時代から家にこういう本ばかりあってそれで染まっちゃったという感じですね。
進藤:守屋さんは企業向けに講演もされていますが、対象と内容はどんなですか。
守屋:いま、企業研修ではリベラルアーツ研修というのをやっています。経営者ないしはこれから経営陣に入っていくような人間には教養が必要であると。かつ、自分のことを知らないと海外では戦えないと言われていて。
進藤:まさに孫子、ですね。
守屋:ええ。そういう狙いで中国古典を学ぼうという内容の研修が年間20回近くあります。その1回がだいたい短くて5時間。長いと8時間の研修になります。
進藤:ひえー、大変! 具体的に、どんなかたが参加されるんでしょうか。
守屋:社長候補からもう少しで部長とか、そのへんが多いです。企業というところに入るとなかなか教養を積む機会をもてない場合が多いので、非常に新鮮に思ってもらえるみたいです。そして基本的には『論語』と『孫子』という古典をもとにお話をする場合が多いんですけれども。論語という古典は江戸時代に日本に定着して以来、日本の常識とか日本人の価値観のもとになっている部分があるんですね。われわれは無意識にあるものやある人を好み、あるものやある人を嫌いになってしまう。なぜそうなのかという理由が、論語を読むとわかるんです。
進藤:なんだか、心理学みたいですね。
守屋:だから自分を知っておかないと海外で戦えないという場合であれば、やはり論語はやっておいたほうがいいと思います。
進藤:なるほど。自分を客観的に見つめる助けになる。今後ですが、本の出版に加えて、なさりたいことや夢を教えてください。
守屋:いまの時代って比較的、明治に似ている気がするんです。つまり、グローバル化が非常に進んでいるという状況です。明治維新というのは結局、国を開いたために工業を中心としたグローバル化が一挙に進んでしまった。そして現代は情報という意味でのグローバル化が進んでいる。あと、人の価値観の大きな転換点になっていますよね。明治だと江戸時代の価値観と、新たに入ってきた価値観が全然違って、その衝突も起こってしまった。現代も、戦後右肩上がりに育んできた価値観と、そうではなくなったいまの価値観とがぶつかっている。このように似ているので、その明治に育まれた知恵が、現代にうまく生かせないかと考えているんです。
進藤:それも読みたい!
守屋:ですから中国古典のことを書きつつ、一方ではそういった、現代と似ている明治の知恵というものをもう少し世間に広めたいなということは考えています。
今回の聞き手
進藤晶子(しんどうまさこ)
'71年9月10日生まれ、大阪府出身。フリーキャスター。著書に、本誌連載をまとめた『出会いの先に』(小社刊)がある。
http://www.shindomasako.jp