>>122 ここは論争の場ではありませんので、もし、本気で異議があり、論争をする気があるのであれば「ゴー宣道場掲示板」でお願いします。なお、こちらはこの返信を最後にこれ以上、返信は致しません。 >すみませんが、皇位継承と皇統の継承をどうして区別できるのでしょうか。 辞書を開けばわかりますが、「継承」とは「先代の身分・権利・義務・財産などを受け継ぐこと」であって、血統を受け継ぐという意味合いは含まれていません。 大辞林 けいしょう0 【継承】(名) スル [1] 先の人の身分・権利・義務・財産などを受け継ぐこと。 また、現在における皇統(天皇の血統)はすでに天皇陛下が重要視している皇太子殿下、秋篠宮親王殿下にすでに皇子女が複数おられますので誰も問題にしておられません。だからこそ、論争の議題が「皇統継承問題」ではなく「皇位継承問題」となっているわけです。 >仮に女系継承と考えられていたら、先に斉明天皇の事が書かれるのでは 残念ながら、女系、男系の継承には「どちらが先」という意味合いは含まれていません。辞書を調べればわかりますが、皇位継承問題における本題と前例は史実において誰が誰に皇位を継承させているかであって、史書の記述の仕方は全く本題とは関係はありませんし、誰も記述の仕方についてこの本題では追及していません。 >古くは仁徳天皇皇后、有名どころだと光明皇后も一般女子です。また、孝明天皇・明治天皇・大正天皇の皇后も一般女子と 日本は君臣一体の國体を建國以来維持はしていますが、時代や地域によって身分や立場を厳密に分けてきた史実もありますので、身分の厳密性を省くことは歴史の歪曲に繋がります。よって光明皇后も孝明天皇・明治天皇・大正天皇の皇后も美智子皇后陛下のように民間企業の御令嬢ではありませんので、美智子皇后陛下以前の皇后陛下を同列に扱うこと自体、史実を正確に述べていることにもならなければ前例を述べていることにもなりません。「皇族以外の方々は皆、一般人」という解釈は戦後である現在でこそ通じると思いますが、神話から成る日本および皇室の歴史としては根拠がなく、前例を述べるには証拠が不十分であり、前例とはなりません。また、「皇族以外の方々は皆、一般人」を根拠に過去の例を持ち出すこと自体、現在の価値観で歴史を解釈するという、「歴史は当時の人々がどのように考えていたかを学ぶこと」から外れる行為であり、自虐史観である左翼、サヨクの歴史認識でもあることをこの場にて述べさせていただきます。 >それまでは男系が当たり前の継承と考えられ、論じられなかっただけ 男系が当たり前の継承であるならば明治時代の皇室典範および、現在の皇室典範と同じく中継ぎや男系女子を含む女性天皇の即位を絶対に認めず、史実にも中継ぎや男系女子を含む女性天皇の存在はまったく存在していないことになります。よって、男系が当たり前の継承と考えられていたのは大日本帝国憲法において皇室典範が作成された当時の都合であって、神話から成る日本の史実を表していることになりません。 >文字にする以上男系女系の区別をしておかなければならないのは当然でしょう。 過去にも文字であり基本法例でもある養老律令の継嗣令に法的拘束力を持って条文の一部を成す本注として皇位継承権のある親王に対して「およそ皇の兄弟、皇子をばみな親王とせよ(女帝の子もまた同じ)」と記されていることから男系女系の区別はしてはあるものの、女系も男系も認めていたこと双系であったことは明らかであり、明治時代から現在における皇室典範では基本法例でもある養老律令の継嗣令に記されている女帝の子を省いた形で現在に至ります。 よって、皇室典範で女系を公認すること自体は本来の皇位継承権の復興の意味合いが含まれているともいえます。 女性宮家創設が皇統維新であると述べる人がいるのもこのためだと思います。 >桂宮淑子内親王や2人の女性天皇は「男系女子」 確かに「男系女子」でありますが、天智天皇は女系男子であり元正天皇は女系女子です。そして、現在の皇室典範では桂宮淑子内親王や江戸時代における2人の女性天皇という前例すら認めていないところに問題があるのです。 >・まず、「世系」は天照からみた男系子孫の世代数を示したものなので、イザナキ・イザナミには記載されません。 そして、斉明天皇・天智天皇が同じ世系三十であることも、男系を元に記載されたもの 残念ながら、旧譜皇統譜を含む日本の系図は支那の影響で男系を優先して記す傾向が強く、旧譜皇統譜も男尊女卑が強かった明治時代に作成された系図ですので男系を優先して記す部分があっても何ら不思議ではありませんが、天照大神から見ているならば、本人を血統に含めず、男系絶対を元に記載されたならば、女性神であり、皇祖神である天照大神を血統である世系の第一に記すことはありません。 しかし、史実では天皇の祖先の神を示す皇祖神として、また旧譜皇統譜では血統の始まりであり、全てが子孫が属すことを意味している世系の第一に女性神であり皇祖神である天照大神を記している以上は皇統は完全に女性神から始まり、旧譜皇統譜および皇統譜に記される子孫は女性神に属することを意味する以上は皇室は女系公認の双系以外に解釈の余地はありません。 また、天照大神が世系の第一に記されている時点で、これはイザナミ、イザナギからみた視点という方が正解で、もし、天照大神から見た視点ならば、天照大神は第三者となり、イザナミ、イザナギのいように世系が記されていないこととなるはずです。 さらに言えば、正史の史書である古事記、日本書紀でも天照大神は天忍穂耳尊の親であり、女神と記されている以上は、皇統は天照大神から成る女系公認の双系としか成りようがありません。 (天照大神は天忍穂耳尊の親である例) 日本書紀 神代下 ------------------ 天照大神の子正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊、高皇産霊尊の女栲幡千千姫命を娶きたまひて、天津彦彦火瓊瓊杵尊を生れます。 ------------------ 時に天照大神、勅して曰はく、「若し然らば、方に吾が児を降しまつらむ」とのたまふ。且将降しまさむとする間に、皇孫生まれたまひぬ。号を天津彦彦火瓊瓊杵尊と曰す。 ------------------ 古事記 ------------------ 天照大御神の命もちて、「豊葦原の千秋長五百秋の水穂國は、我が御子、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命の知らす國ぞ。」と言よさしたまひて、天降りしたまひき。 ------------------ ここに天照大御神、高木神の命もちて、太子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命に詔たまひしく、「今、葦原中國を平け訖へぬと白せり。故、言依さしたまひし随、降りまして知らしめせ。」 ------------------ (女性であるという例) 日本書紀 神代上 ------------------ 素戔嗚尊、請して曰さく、「吾、今教を奉りて、根国に就りなむとす。故、暫く高天原に向でて、《姉》と相見えて、後に永に退りなむと欲ふ」とまうす。 ------------------ 古事記 ------------------ ここに天照大御神聞き驚きて詔りたまひしく、「我が汝弟の命の上り来る由は、必ず善き心ならじ。我が國を奪はむと欲ふにこそあれ。」とのりたまひて、すなはち《御髪を解きて》、御角髪に纏きて、(略) ------------------ >欧州の王室の例を出し「女系継承をすると姓が変わり、祖宗の大憲に反する。」との意見になります。 実は、これも間違いで、日本の皇室には姓がありません。また、日本における姓とは天皇が臣下に下嗣されるものであって、天皇には姓は元からありません。また、現在における苗字と同列に扱われる姓とも違い、かつて、天皇に下嗣されてきた姓も明治時代には廃止されています。 よって、皇室に皇族以外の男女が現在、嫁入り、婿入りしたとしても日本には姓が存在しないので、姓が変わることはあり得ません。苗字もまた、皇室の一員になれば消滅しますので同じです。 >その証拠に皇室典範義解には男尊女卑である事は一切書かれていません。さらにいうなら、女帝は中継ぎなので 時代がどのように変わるのか予想がつかないことから、皇室典範には「男尊女卑」という当時の都合を記さないのは当然であって、さらには女帝中継ぎ説は皇室典範を作成したときに、皇室を男尊女卑にするために作成した後付の理由にすぎません。 その証拠に孝謙天皇(称徳天皇)が即位したとき、本来、中継ぎならば決めておかねばならない次世代の天皇を誰にするのかだれも決まっていませんでした。 結論からして、これら男系とする理由は全て、明治時代の男尊女卑という都合で作られた皇室の史実に基づかない理由と後付を皇統男系固執者がさらに理屈にもならないこじ付けで述べた内容の域を出ていないことから、皇統を男系に限定する正当性はどこにもみられません。よって、君臣一体の史実と國柄に基づいている限り、日本の皇室は古代も現在も女系公認の双系と結論付ける以外にはできません。 結論からして、これ以上、ここで論争してもそれは皇統男系固執者の天皇陛下および皇室に対する視点が「天皇制打倒」をほざく、左翼、サヨクが述べる自虐史観における天皇と皇室と変わらないことから、もはやここでの論争は無用という結論に達しました。 また、これ以上のここでのこれ以上の論争はせっかく、お金を払ってみてくれる第三者である新参者の参加ができにくくなる環境を作ってしまう恐れがあります。もし、これ以上の異議があるならば「ゴー宣道場掲示板」にご参加されることをお勧めします。 小林師範、時浦師範代、岸端編集長、長文失礼しました。ご迷惑をお掛けしたならば、この場にてお詫びします。また、もし迷惑であり、不適切とされたならば説明もなく削除しても構いません。
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>>122 ここは論争の場ではありませんので、もし、本気で異議があり、論争をする気があるのであれば「ゴー宣道場掲示板」でお願いします。なお、こちらはこの返信を最後にこれ以上、返信は致しません。
>すみませんが、皇位継承と皇統の継承をどうして区別できるのでしょうか。
辞書を開けばわかりますが、「継承」とは「先代の身分・権利・義務・財産などを受け継ぐこと」であって、血統を受け継ぐという意味合いは含まれていません。
大辞林
けいしょう0 【継承】(名)
スル [1] 先の人の身分・権利・義務・財産などを受け継ぐこと。
また、現在における皇統(天皇の血統)はすでに天皇陛下が重要視している皇太子殿下、秋篠宮親王殿下にすでに皇子女が複数おられますので誰も問題にしておられません。だからこそ、論争の議題が「皇統継承問題」ではなく「皇位継承問題」となっているわけです。
>仮に女系継承と考えられていたら、先に斉明天皇の事が書かれるのでは
残念ながら、女系、男系の継承には「どちらが先」という意味合いは含まれていません。辞書を調べればわかりますが、皇位継承問題における本題と前例は史実において誰が誰に皇位を継承させているかであって、史書の記述の仕方は全く本題とは関係はありませんし、誰も記述の仕方についてこの本題では追及していません。
>古くは仁徳天皇皇后、有名どころだと光明皇后も一般女子です。また、孝明天皇・明治天皇・大正天皇の皇后も一般女子と
日本は君臣一体の國体を建國以来維持はしていますが、時代や地域によって身分や立場を厳密に分けてきた史実もありますので、身分の厳密性を省くことは歴史の歪曲に繋がります。よって光明皇后も孝明天皇・明治天皇・大正天皇の皇后も美智子皇后陛下のように民間企業の御令嬢ではありませんので、美智子皇后陛下以前の皇后陛下を同列に扱うこと自体、史実を正確に述べていることにもならなければ前例を述べていることにもなりません。「皇族以外の方々は皆、一般人」という解釈は戦後である現在でこそ通じると思いますが、神話から成る日本および皇室の歴史としては根拠がなく、前例を述べるには証拠が不十分であり、前例とはなりません。また、「皇族以外の方々は皆、一般人」を根拠に過去の例を持ち出すこと自体、現在の価値観で歴史を解釈するという、「歴史は当時の人々がどのように考えていたかを学ぶこと」から外れる行為であり、自虐史観である左翼、サヨクの歴史認識でもあることをこの場にて述べさせていただきます。
>それまでは男系が当たり前の継承と考えられ、論じられなかっただけ
男系が当たり前の継承であるならば明治時代の皇室典範および、現在の皇室典範と同じく中継ぎや男系女子を含む女性天皇の即位を絶対に認めず、史実にも中継ぎや男系女子を含む女性天皇の存在はまったく存在していないことになります。よって、男系が当たり前の継承と考えられていたのは大日本帝国憲法において皇室典範が作成された当時の都合であって、神話から成る日本の史実を表していることになりません。
>文字にする以上男系女系の区別をしておかなければならないのは当然でしょう。
過去にも文字であり基本法例でもある養老律令の継嗣令に法的拘束力を持って条文の一部を成す本注として皇位継承権のある親王に対して「およそ皇の兄弟、皇子をばみな親王とせよ(女帝の子もまた同じ)」と記されていることから男系女系の区別はしてはあるものの、女系も男系も認めていたこと双系であったことは明らかであり、明治時代から現在における皇室典範では基本法例でもある養老律令の継嗣令に記されている女帝の子を省いた形で現在に至ります。
よって、皇室典範で女系を公認すること自体は本来の皇位継承権の復興の意味合いが含まれているともいえます。
女性宮家創設が皇統維新であると述べる人がいるのもこのためだと思います。
>桂宮淑子内親王や2人の女性天皇は「男系女子」
確かに「男系女子」でありますが、天智天皇は女系男子であり元正天皇は女系女子です。そして、現在の皇室典範では桂宮淑子内親王や江戸時代における2人の女性天皇という前例すら認めていないところに問題があるのです。
>・まず、「世系」は天照からみた男系子孫の世代数を示したものなので、イザナキ・イザナミには記載されません。
そして、斉明天皇・天智天皇が同じ世系三十であることも、男系を元に記載されたもの
残念ながら、旧譜皇統譜を含む日本の系図は支那の影響で男系を優先して記す傾向が強く、旧譜皇統譜も男尊女卑が強かった明治時代に作成された系図ですので男系を優先して記す部分があっても何ら不思議ではありませんが、天照大神から見ているならば、本人を血統に含めず、男系絶対を元に記載されたならば、女性神であり、皇祖神である天照大神を血統である世系の第一に記すことはありません。
しかし、史実では天皇の祖先の神を示す皇祖神として、また旧譜皇統譜では血統の始まりであり、全てが子孫が属すことを意味している世系の第一に女性神であり皇祖神である天照大神を記している以上は皇統は完全に女性神から始まり、旧譜皇統譜および皇統譜に記される子孫は女性神に属することを意味する以上は皇室は女系公認の双系以外に解釈の余地はありません。
また、天照大神が世系の第一に記されている時点で、これはイザナミ、イザナギからみた視点という方が正解で、もし、天照大神から見た視点ならば、天照大神は第三者となり、イザナミ、イザナギのいように世系が記されていないこととなるはずです。
さらに言えば、正史の史書である古事記、日本書紀でも天照大神は天忍穂耳尊の親であり、女神と記されている以上は、皇統は天照大神から成る女系公認の双系としか成りようがありません。
(天照大神は天忍穂耳尊の親である例)
日本書紀 神代下
------------------
天照大神の子正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊、高皇産霊尊の女栲幡千千姫命を娶きたまひて、天津彦彦火瓊瓊杵尊を生れます。
------------------
時に天照大神、勅して曰はく、「若し然らば、方に吾が児を降しまつらむ」とのたまふ。且将降しまさむとする間に、皇孫生まれたまひぬ。号を天津彦彦火瓊瓊杵尊と曰す。
------------------
古事記
------------------
天照大御神の命もちて、「豊葦原の千秋長五百秋の水穂國は、我が御子、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命の知らす國ぞ。」と言よさしたまひて、天降りしたまひき。
------------------
ここに天照大御神、高木神の命もちて、太子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命に詔たまひしく、「今、葦原中國を平け訖へぬと白せり。故、言依さしたまひし随、降りまして知らしめせ。」
------------------
(女性であるという例)
日本書紀 神代上
------------------
素戔嗚尊、請して曰さく、「吾、今教を奉りて、根国に就りなむとす。故、暫く高天原に向でて、《姉》と相見えて、後に永に退りなむと欲ふ」とまうす。
------------------
古事記
------------------
ここに天照大御神聞き驚きて詔りたまひしく、「我が汝弟の命の上り来る由は、必ず善き心ならじ。我が國を奪はむと欲ふにこそあれ。」とのりたまひて、すなはち《御髪を解きて》、御角髪に纏きて、(略)
------------------
>欧州の王室の例を出し「女系継承をすると姓が変わり、祖宗の大憲に反する。」との意見になります。
実は、これも間違いで、日本の皇室には姓がありません。また、日本における姓とは天皇が臣下に下嗣されるものであって、天皇には姓は元からありません。また、現在における苗字と同列に扱われる姓とも違い、かつて、天皇に下嗣されてきた姓も明治時代には廃止されています。
よって、皇室に皇族以外の男女が現在、嫁入り、婿入りしたとしても日本には姓が存在しないので、姓が変わることはあり得ません。苗字もまた、皇室の一員になれば消滅しますので同じです。
>その証拠に皇室典範義解には男尊女卑である事は一切書かれていません。さらにいうなら、女帝は中継ぎなので
時代がどのように変わるのか予想がつかないことから、皇室典範には「男尊女卑」という当時の都合を記さないのは当然であって、さらには女帝中継ぎ説は皇室典範を作成したときに、皇室を男尊女卑にするために作成した後付の理由にすぎません。
その証拠に孝謙天皇(称徳天皇)が即位したとき、本来、中継ぎならば決めておかねばならない次世代の天皇を誰にするのかだれも決まっていませんでした。
結論からして、これら男系とする理由は全て、明治時代の男尊女卑という都合で作られた皇室の史実に基づかない理由と後付を皇統男系固執者がさらに理屈にもならないこじ付けで述べた内容の域を出ていないことから、皇統を男系に限定する正当性はどこにもみられません。よって、君臣一体の史実と國柄に基づいている限り、日本の皇室は古代も現在も女系公認の双系と結論付ける以外にはできません。
結論からして、これ以上、ここで論争してもそれは皇統男系固執者の天皇陛下および皇室に対する視点が「天皇制打倒」をほざく、左翼、サヨクが述べる自虐史観における天皇と皇室と変わらないことから、もはやここでの論争は無用という結論に達しました。
また、これ以上のここでのこれ以上の論争はせっかく、お金を払ってみてくれる第三者である新参者の参加ができにくくなる環境を作ってしまう恐れがあります。もし、これ以上の異議があるならば「ゴー宣道場掲示板」にご参加されることをお勧めします。
小林師範、時浦師範代、岸端編集長、長文失礼しました。ご迷惑をお掛けしたならば、この場にてお詫びします。また、もし迷惑であり、不適切とされたならば説明もなく削除しても構いません。