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「台湾有事なんて中村ゆうじくらい無い」というラジオデイズでのパンチラインは、何度噛み締めても見事だと思います。
「自分と親しい(と半ば一方的に思っている)相手が悪辣な(と半ば一方的に思っている)他者から迫害される」という未来を仮想して、それに備えてトラヴィスばりに自己完結した準備を整える。というのは、迫害妄想自体に魅惑されていつしかそれ無しでは生きていけなくなった者の心理に似ていますね。

 それよりも気になったのは、日本語圏の人々が中共からの「カマし」の文体に関してあまりに無感覚(過剰に反応しすぎの例も多く見られるのですが、「カマし」以上の何でもないものを殺害予告と同等に受け取ってしまうのも/完全に何も感じなくなってしまうのも、同様にヒステリーの例だと思います)になっていることです。ここ数年でイスラエルから攻撃を受けた(軍事的には大きく劣る)国々でさえも、「峻酷な反撃を覚悟すべきである」的な、格調高めの「カマし」を必ず返していました。
 これら攻撃的言辞は同時に政治的言辞でもあり、本物の殺し合いの到来を口撃のしあいで回避するダーティーダズンに近い文化だと思うのですが、現首相と精神的に同一化した日本国人は「カマし」を受容する・発する両方のセンスに欠けており、「えっころす? こいつころすって言ったぞ! 先生に言ってやーろ」くらいのノリで一貫しているようなのですが、罵倒語彙の双方的な交通による真の惨事回避が(質的に)全くできないコミュ障感が、これ一周してジャパンクールなのかな? とさえ思いました。そういえば義務教育のクラスでも口喧嘩ができない子はノートにアニメの絵ばかり描いていた気がします。

 重要なのは、そのように現首相と同一化しているクールジャパン王道の(「カマし」に不感症な)日本国人たちよりも、現首相は(バブル由来の軽躁傾向によって)本当に「カマし」あいをやりたい側の人間であり、中共とは20世紀的なグルーヴが一応生じているのだけども、彼女の支持者であるコミュ障傾向のある日本国人たちとの間には温度差があり、その差によって一種の孤独が生じているのではないかな? と最近思いはじめました。それが菊地さんの指摘する「W浅野感」に由来する事態なのかは、90年代生まれが考えても仕方ないことなので踏み込まずにおります(笑)

No.4 3ヶ月前
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