やはり、ちゃんと説明します。個人的な話になりますが…。何とか「公論」につなげる工夫をしてみます。 かなり昔、社会人になりたての頃、自分は天才たけしの元気が出るテレビのようなことをしました。 それは、廻りの人たちが。「●●さんがあなたにやさしい」「気があるんじゃないか」という(多分)冗談を真に受けた結果です。 相手がいる、という返事でした。 そのあと、「●●さんに未練がある」という噂が立てられたらしいのです。 そして、同じはやしたてた人たちから、「お前があれこれやると、職場の環境が悪くなるから、何もするな、そういう誓約書を記せ」と。その反応に、私はとまどいました。 「おまへの病的な瞳が、友情以上のものを示しているんだ」とも(笑) 「こういう狭い場所では、火のないところから煙を立てるようなことが起こるものだ」とか。ある意味、「世間」の縮図だったのかも。 私にしてみれば「彼女の神経質な、表情を態度に表すところは、きっと誰かに騙されるかもしれない、心配だ」という意見だったのですが。 つまり、同じ口から、どうしてかくも正反対な意見が(状況が変化してからとはいえ)出てくるのか、どまどったのと同時に、「あなたがたが自分を煽動し、はやしたてるようなことをしなければ、こんな問題になるようなことはしなかったのではないか!」と抗議し、自分の失敗を他者(この場合は、職場の先輩がた)のせいにした、ということなのです。ジャニーズ問題の場合とは、あまり関係はないのかな? (当時、母親がいなくなったばかりだった、というのもあるのでしょうか?すごいきついことばかり言っていた母親でしたが。「ライオンの親は我が子を谷底から突き落として鍛える」「感情を態度に出すな」とか言っていた人だったから) そして、好きとかそういうことを告げるのは、慎重にしないといけない、相手のことも考えて、とか思っているのです。「当たって砕けろ」はもってのほかだ、と。 こういう「トラウマ」を語ることは決して気持ちがよいことではないです、しかし…考えても考えてもわからなくなるわけです。自分はもっと賢くなって、その人たちが「冗談」を話していると判断をすべきだったのか、とか、「相手に思いを告げる」という行為がこんな結果を引き起こすとは思ってもいなかった、とか。終わってしまった過去のことを思い惱んでもしょうがないのですが、次の「教訓」や「参考」にはなるわけですよね。 以上のようなことを思ったのです。正直、「拡大解釈」なのでしょうけれども。 たとえその「告白」が他者から勧められたものだとしても、あるいはその効果がわからなかったとしても、その行動は自分がしたものであって、その責任は「自分」が負わなければならない。 ジャニーズのことも、それと同じでしょう。 以上です。本当にくだらない話でした…。
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!
昭和28年福岡生まれ。昭和51年ギャグ漫画家としてデビュー。代表作に『東大一直線』『おぼっちゃまくん』など多数。『ゴーマニズム宣言』では『戦争論』『天皇論』『コロナ論』等で話題を巻き起こし、日本人の常識を問い続ける。言論イベント「ゴー宣道場」主宰。現在は「週刊SPA!」で『ゴーマニズム宣言』連載、「FLASH」で『よしりん辻説法』を月1連載。他に「週刊エコノミスト」で巻頭言【闘論席】を月1担当。
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やはり、ちゃんと説明します。個人的な話になりますが…。何とか「公論」につなげる工夫をしてみます。
かなり昔、社会人になりたての頃、自分は天才たけしの元気が出るテレビのようなことをしました。
それは、廻りの人たちが。「●●さんがあなたにやさしい」「気があるんじゃないか」という(多分)冗談を真に受けた結果です。
相手がいる、という返事でした。
そのあと、「●●さんに未練がある」という噂が立てられたらしいのです。
そして、同じはやしたてた人たちから、「お前があれこれやると、職場の環境が悪くなるから、何もするな、そういう誓約書を記せ」と。その反応に、私はとまどいました。
「おまへの病的な瞳が、友情以上のものを示しているんだ」とも(笑)
「こういう狭い場所では、火のないところから煙を立てるようなことが起こるものだ」とか。ある意味、「世間」の縮図だったのかも。
私にしてみれば「彼女の神経質な、表情を態度に表すところは、きっと誰かに騙されるかもしれない、心配だ」という意見だったのですが。
つまり、同じ口から、どうしてかくも正反対な意見が(状況が変化してからとはいえ)出てくるのか、どまどったのと同時に、「あなたがたが自分を煽動し、はやしたてるようなことをしなければ、こんな問題になるようなことはしなかったのではないか!」と抗議し、自分の失敗を他者(この場合は、職場の先輩がた)のせいにした、ということなのです。ジャニーズ問題の場合とは、あまり関係はないのかな?
(当時、母親がいなくなったばかりだった、というのもあるのでしょうか?すごいきついことばかり言っていた母親でしたが。「ライオンの親は我が子を谷底から突き落として鍛える」「感情を態度に出すな」とか言っていた人だったから)
そして、好きとかそういうことを告げるのは、慎重にしないといけない、相手のことも考えて、とか思っているのです。「当たって砕けろ」はもってのほかだ、と。
こういう「トラウマ」を語ることは決して気持ちがよいことではないです、しかし…考えても考えてもわからなくなるわけです。自分はもっと賢くなって、その人たちが「冗談」を話していると判断をすべきだったのか、とか、「相手に思いを告げる」という行為がこんな結果を引き起こすとは思ってもいなかった、とか。終わってしまった過去のことを思い惱んでもしょうがないのですが、次の「教訓」や「参考」にはなるわけですよね。
以上のようなことを思ったのです。正直、「拡大解釈」なのでしょうけれども。
たとえその「告白」が他者から勧められたものだとしても、あるいはその効果がわからなかったとしても、その行動は自分がしたものであって、その責任は「自分」が負わなければならない。
ジャニーズのことも、それと同じでしょう。
以上です。本当にくだらない話でした…。