僕は大変に不勉強な者なので瀬川昌久さんのお名前を知りませんでした。その不勉強さの1つが埋まったのが菊地さんによる『粋な夜電波』のとある放送のことでした。あの放送の”死神”の話、そしてそれをのちに菊地さんがお書きになっているものを拝読して時も含めてとても気分が良くなった出来事でした。瀬川さんは銀行員としてNYに在住しエリントンやパーカーの生演奏を聴いた日本人なのだ。というものにもぶったまげました(この後に知ったのですがドルフィーの演奏も聴いたとか)。 このお話を知って以来、少しはジャズを知っている人には酒のつまみとして瀬川さんのことを楽しい気持ちで話しております。きっと僕は50年後にも瀬川さんの事を良い気分で人に話していると思います。 ご遺族の方には掛ける言葉がありませんが、その心に平穏が訪れますよう祈っております。
「ポップ・アナリーゼ」の公開授業(動画)、エッセイ(グルメと映画)、日記「菊地成孔の一週間」など、さまざまなコンテンツがアップロードされる「ビュロ菊だより」は、不定期更新です。
音楽家/文筆家/音楽講師 ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。
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僕は大変に不勉強な者なので瀬川昌久さんのお名前を知りませんでした。その不勉強さの1つが埋まったのが菊地さんによる『粋な夜電波』のとある放送のことでした。あの放送の”死神”の話、そしてそれをのちに菊地さんがお書きになっているものを拝読して時も含めてとても気分が良くなった出来事でした。瀬川さんは銀行員としてNYに在住しエリントンやパーカーの生演奏を聴いた日本人なのだ。というものにもぶったまげました(この後に知ったのですがドルフィーの演奏も聴いたとか)。
このお話を知って以来、少しはジャズを知っている人には酒のつまみとして瀬川さんのことを楽しい気持ちで話しております。きっと僕は50年後にも瀬川さんの事を良い気分で人に話していると思います。
ご遺族の方には掛ける言葉がありませんが、その心に平穏が訪れますよう祈っております。