>>213 記事を拝見しましたが、「感染」という言葉にこだわるあまり、問題の本質を見失っているように思えます。 ことの発端は、「PCR陽性というだけで病人(≒感染者)といえるのか」という問題でした。 たった一つの検査が陽性であるだけで、病気であると診断する医者は今までいませんでした。 ではPCR陽性は感染力の証明になるのか(他人にうつすのか)考えてみます。 記事でも触れられている通り、「感染後の回復期で、すでに他人に移す危険性のほぼない人」であってもPCR上は陽性になります。この時点で、この検査は信頼性があまり高くない、と臨床家ならみなします。 では、「感染はしているが発症はしていない人(かつ、発症せずに治ってしまう人」はどうでしょうか。この場合もPCRは陽性になります。このような人は、コロナ前では「キャリア」とか「保菌者」と呼ばれ、発症者と区別されていました。 それはなぜかと言うと、他人に移すリスクが発症者よりも小さいし、外見上は健常人と区別できないためです。 コロナ前までは、一般的な細菌やウイルスのキャリアからの感染は、「社会生活を営むためにはやむを得ないもの」とみなされてきました。 比較的知られているものでは、肺炎球菌キャリアの子供が祖父母に感染させて肺炎を発症させることがある、というのがあります。だからといって帰省前に今までは検査をしていませんでしたよね。 新型コロナもキャリアが他人に移す危険性は小さいことがすでにわかっています。これをゼロリスクを目指して病人扱いするのか、数日待って発症しないなら日常生活に戻ってよいとするのか、キャリアの感染力に関するデータは未だ十分とは言えないので、これは難しいところですね。 いずれにせよ、回復者(検体からウイルスが分離できず、感染力がないと考えられる)が検査陽性となる時点で、「PCR陽性者は感染者ではない」は事実であることには違いありません。 個人的には「感染者」というような定義があいまいな言葉は、ファクトチェックの対象にすべきではないと思います。
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小林よしのりチャンネル
(ID:13396009)
>>213
記事を拝見しましたが、「感染」という言葉にこだわるあまり、問題の本質を見失っているように思えます。
ことの発端は、「PCR陽性というだけで病人(≒感染者)といえるのか」という問題でした。
たった一つの検査が陽性であるだけで、病気であると診断する医者は今までいませんでした。
ではPCR陽性は感染力の証明になるのか(他人にうつすのか)考えてみます。
記事でも触れられている通り、「感染後の回復期で、すでに他人に移す危険性のほぼない人」であってもPCR上は陽性になります。この時点で、この検査は信頼性があまり高くない、と臨床家ならみなします。
では、「感染はしているが発症はしていない人(かつ、発症せずに治ってしまう人」はどうでしょうか。この場合もPCRは陽性になります。このような人は、コロナ前では「キャリア」とか「保菌者」と呼ばれ、発症者と区別されていました。
それはなぜかと言うと、他人に移すリスクが発症者よりも小さいし、外見上は健常人と区別できないためです。
コロナ前までは、一般的な細菌やウイルスのキャリアからの感染は、「社会生活を営むためにはやむを得ないもの」とみなされてきました。
比較的知られているものでは、肺炎球菌キャリアの子供が祖父母に感染させて肺炎を発症させることがある、というのがあります。だからといって帰省前に今までは検査をしていませんでしたよね。
新型コロナもキャリアが他人に移す危険性は小さいことがすでにわかっています。これをゼロリスクを目指して病人扱いするのか、数日待って発症しないなら日常生活に戻ってよいとするのか、キャリアの感染力に関するデータは未だ十分とは言えないので、これは難しいところですね。
いずれにせよ、回復者(検体からウイルスが分離できず、感染力がないと考えられる)が検査陽性となる時点で、「PCR陽性者は感染者ではない」は事実であることには違いありません。
個人的には「感染者」というような定義があいまいな言葉は、ファクトチェックの対象にすべきではないと思います。