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たまこまーけっとレビュー ~うさぎ山商店街の廻り方~ その1

2013/12/21 23:49 投稿

コメント:1

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その1、はこにわにはわににのにわとりにわにたにわしがいるわ





 2013年11月。京都市勧業館(みやこめっせ)にて京都アニメーション&アニメーション
Doによるファン感謝イベント「京アニ&Do CTFK 2013」が開催された。


会場はステージイベント会場と展示会場の二つに分けられ、それぞれステージイベントと展示会及びスタッフトークショー等が行われていた。

私は当日急遽参加を決定したのでステージイベントの様子を窺う事は出来なかったのだが、展示品やスタッフトークショーについて言えばそれは至宝至言のバーゲンセールであった。


しかし面白い事に当の京都アニメーションの方ではそういった評価に頓着がないのか、展示品はなおざりに貼り出され、トークショーの最中には大音量で場内アナウンスが流されていたりして会場全体の雰囲気はどこか抜けていて柔らかかった。

その上イベント運営スタッフのほとんどが実際に京アニ&Doで働いてらっしゃる社員さんだったらしく、なんともファンと距離の近い京アニらしい温かさと手作り感のあった楽しいイベントとなった。



「まるで文化祭のようだ」とは知人の談。言い得て妙だ。


ちなみにイベントタイトルのCTFKとはそれぞれ京アニ&Doの自社版権作品のタイトル「中二病でも恋がしたい!」「たまこまーけっと」「FREE!」「境界の彼方」のイニシャルである。


 そしてこの4作品の中でも私が最も興味を寄せているのがこの記事のタイトルにもある「たまこまーけっと」だ。

イベント参加最大の理由もこの作品にあり、この作品についての見識をより深める為に参加に踏み切ったと言ってもいい。

今回はそんな「たまこまーけっと」についてつらつらと考えていくことにしよう。





タイトルに釣られてこの様なうさんくさい記事を読みに来た読者諸兄のこと、作品について一定以上の知識はあるだろうからその概要の説明は敢えて省かせて頂くが、この作品は良い。実に、良い。


リアルとファンタジーのないまぜになった90年代アニメ風の少々古めかしい世界観。

山田、吉田、堀口(敬称略)の確かな実力に裏打ちされた人物描写の妙。

優秀なスタッフによる必要があるのかと問わざるを得ない程クオリティの高い作画、演出。

登場人物の頭のてっぺんからつま先まで、商店街の端から端までのディティールにこだわり抜く作風は、山田尚子というアニメ監督の作家性をこれまで手掛けてきた作品以上に高い純度で感じさせる。

しかもそれを決してくどくならない程度のさりげなさで表現しきった点がなによりも素晴らしい。


しかし、あるいはそれ故にかこの作品は評価が低い。

ハイレベルで多種多様な表現技法はそれに頓着しない者にとっては退屈に映り、結果的に人を選ぶ作品になってしまっている。

熱心な「たまこま」ファン、ひいては山田監督ファンをして曰く「排他的な作品である」「エンターテイメントとしては失格」と評価は辛辣だ。

ぶっちゃけ私も「一定のエンターテイメント性を犠牲にしている作品」とは思う。


だが、逆に言えば「たまこま」とはそのような観察眼を持った人間でさえ虜にしてしまう作品でもあるということだ。

ただ少し視聴者に対しての寡黙で当たりのきついところがあるだけで、ほんの少しこちらが受け入れて歩み寄る姿勢を持てば決してそれを裏切らない魅力がこの作品にはあると断言できる。


言い換えると、このアニメを十二分に楽しむには製作者から提示された要素をただ受動的に眺めているだけでは足りないということだ。

視聴者自身がもっと能動的に画面の隅々にまで目を向け、様々な情報を探し気付いていかなければ、そもそもこの作品に物語があることすらきちんと理解することが難しいだろう。


こんなつくりの作品を私はかつて見たことがない。

表面上こそ商店街人情物語だが、物語の世界へ一歩足を踏み入れるとそこここに転がるのは暗喩に隠喩にあんころ餅だ。

普通の女の子がいる一方で鳥と王子とオカマが大した説明もなく存在し、日常系アニメにしては共感を得難いエピソードばかりがクローズアップされる。

どこに向かって何をしたいアニメかも分からず、「何アニメ」と呼称すればいいのかも分からない。

理解も評価もまるでもって全てを視聴者に委ねてしまっていて、楽しめるかどうかは視聴者の理解力次第という男らし過ぎる態度だ。

これはもう排他的などという生易しい話ではない。最早視聴者に宝石や貴金属の類を投げつける行為に等しいだろう。

こんなアニメ作品を他に見たことがあるだろうか。




しかし、よくよく考えてみると私はこのような作りの作品を見たことがある。より正確に言えばプレイしたことがある。

そう、近年話題のTVゲームである「GTAグランド・セフト・オートシリーズ」に代表されるオープンワールドな作品、所謂「箱庭ゲー」というものである。(余談だが、たまこまーけっとを見て感想として真っ先に浮かんだのが「ロックマンDASH」という作品だった)


箱庭ゲーというものにも色々とあるのでこれは私の認識なのだが、基本的にそれは「箱庭の様に作りこまれた広大なフィールドをストーリーに束縛されずに自由に探索できる」ゲームだろうと思う。

プレイヤーは作品世界の中の一キャラクターとなりゲームシステムの許す限り世界観を堪能することが出来る。


登場するキャラクターには人格があり、そこにある街並みには歴史がある。

プレイヤーである私達は役割としてではなく一登場人物としてそんな実在するかのような世界に紛れ混んで、数々のキャラクターを、美しい景観を、展開される物語を、細部に渡るまで緻密に作り上げられた世界そのものを好きなだけ堪能できる。

これはそのまま、「たまこま」というアニメ作品を楽しむことと似てはいないだろうか。


確かにこの作品は一見何を楽しんでいいのかわからない作品かもしれない。

しかし、逆を言えば何を楽しむことも制限されてはいない、ストーリーに縛られていない作品だとも言える。
視聴者は製作者から提示される「たまこまーけっと」という箱庭の中に入り込み、自分の目と耳で確かめてそ奥に在る世界を想像する。





 空想の中に実在するうさぎ山商店街という街並みを歩き回る「観光アニメ」なのだ。



 そう考えるとこの作品を楽しむということがそれほど難しいことでもないように思えないだろうか。



とはいえ親切設計なゲームの増えた昨今、説明書もチュートリアルもなくさあ楽しめと言ってもそれだけで通じるかは難しいところがある。

かくいう私もその昔「シムシティ」は大都市にモンスターと地震をぶちこむゲームだと思っていた。死無シティだった。

そんな悲劇を繰り返さない為にも自らが観光アニメと謳うこの作品の観光ガイドブックの一つも提示しておくのが粋というものだろう。


と言う訳で私はこの作品世界の非公式観光ガイドブックをまとめる事にした。

勿論これが「たまこまーけっと」という作品の楽しみ方の全てではないし正解でもないのだが、

私なりにたまこまの世界観に歩み寄った結果感じたこと、理解したことをまとめたそれらの文章が読者諸兄の観光ライフに役立てば幸いである。

食べログかモンドセレクションくらい役に立てば幸いである。


題して、「たまこまーけっとレビュー ~うさぎ山商店街の廻り方~」


興味のある方はよろしくお付き合いの程を。



コメント

ラクシュミー
No.1 (2013/12/22 02:26)
たまこまーけっとレビュー、楽しく読ませていただきました。なるほど、たまこまーけっとというアニメは、その世界観を自信で探求して楽しむという考え方には納得しました。

このブログを読んで思い出したのが、たまこまーけっと公式HPのキャラクター紹介のページです。これには、あるメッセージが隠されています。それは、ところどころの文字の一部分だけが赤くなっているものがあるのですが、それを並び替えると「あ」「り」「が」「ト」「う」「吾」「ざ」「い」「マ」「史」「た」というアナグラムになっています。

これなどたまこまーけっとというものをよくあらわしていると思うのです。ただ1回だけぼーっと見ているだけでは見つけられないけれど、何度も見返しているうちに、その作品の中のセリフや仕草、様々なアイテムなどから視聴者の心に引っかかるものが見いだされてくる。それを考えて自分なりにつなげていくと一つの隠されたメッセージとして浮かび上がってくる。

それを視聴者自身が、楽しんでゆくアニメなんだと思います。つまり、たまこまーけっとは他のアニメと違って何から何までただ与えられるだけなのではなく、視聴者自身がそのアニメから何かを見つけ出す。そういう楽しみ方の出来るアニメなんだと思っています。
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