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【韓国TVニュース】エリートになりたかった虚言症青年「スペックより情熱だ」

2013/08/10 17:25 投稿

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通常名門大学に行くことのない実業系の高校から、名門延世大学に入学、さらにサムスン系のIT企業に「特別採用」されたと語る青年。多くの韓国青年の夢を実現した彼は、若きエリートとして本を出版し講演をこなしていたのですが、ほとんどがウソだった…というお話です。



映像出処: mbc 2013.08.09.



なぜウソであることがバレたのかというと、何のことはない、彼がそこの社員だと自称していたサムスン系のIT企業からクレームがついたからでした。国内の実在企業の名前など出したら速攻でバレるに決まっているのに、なぜ彼の虚言暴走は止まらなかったのでしょう。


■同じ大学の中にも格差

本編の主人公キム氏が延世大生だったのは確かなようですが、中途編入で、しかも地方キャンパスでした。韓国の大きな大学はソウル市内のメインキャンパスの他に地方キャンパスを持っている場合があるのですが、延世大もソウル市新村の本部とは別に、江原道原州にキャンパスを置いています。当然地方キャンパスの方が難易度はかなり低くなります。そのため、学内では地方キャンパス生の立場は微妙なようです。

この事件に関して naver に反応が出ていたのですが、やや大げさながら「名門大地方キャンパス生」の精神状態について記している投稿がありました。

(原州)キャンパス出身者はこういう傾向強いんだよね。地方都市だから寄宿生が多く、学期が終われば実家に帰る。そうすると、10人中10人、100人中100人がメインキャンパスに通ってるフリをするんだよ。学生証持ってるし、あえて地方キャンだって言う必要もないしな。自分が原州に行っていることを知ってる奴には「本部編入する、100パーセント自信がある」とか言う場合も多いんだwww 
今回の事件も、そういう(地方キャン生特有の)人間性が極大化したケースだと思う。自分にウソをつくことは、思ってるより簡単なものなんだ(共感690非共感51)


かなり戯画化している部分もあるのでしょうが、生々しく説得力のある意見です。






■韓国らしい「見栄」と「チェックの甘さ」

あくまで一般論ですが、日本人に比べると韓国人は自己PRに熱心なが多い気がします。それだけ主張を求められる厳しい社会なのだという説明をする人もいますが、しかしそれだけならまだしも、小児的な自己愛に結び付き、暴走を始めてしまっているケースまで肯定するのはいけないことでしょう。そういう自己愛は必ず妄想と結びつき、こういう結果を招くからです。


この事件で本人の次に罪が重いのは出版社だと思います。本を出せたことで信用度が一気に増し、彼の暴走に拍車がかかったことは間違いないからです。チェックすればすぐにわかるウソなのに、編集者は一体何をしていたのでしょうか。このチェックの甘さが「韓国」だなあ、という気がします。



■「会社員」が一生の願いという社会

破綻が約束されていたにせよ、「夢」をかなえた人物として、彼はスポットライトを浴びたわけです。しかし彼が成し遂げたと主張していたことは、底辺高校から一流大学を経てエリート企業に入った、ということだけでした。


ここで気づくのは、彼の、そして彼を崇めた人たちの「夢」のちっぽけさや通俗さです。いくらビッグビジネスのサムスンとはいえ、そこの社員はしょせん「会社員」に過ぎません。


虚言症の人といえば、たとえば芽が出ないミュージシャンとか役者崩れが大ぼらを吹いている姿を我々は想像します。今人気のXXなんかよりも俺の方が上だとか、昔からの知り合いのXXが売れてるみたいだけど昔はあたしの方がずっと上だったわ、などというのを聞いて、バカだなあと思いつつ、でもクリエイターを目指すなら仕方がないかな、と考えたりもします。堅実でない道を選んだ人たちに対してはいろいろ割り引いて考えてやらなくちゃ、という気になることもあります。

しかし韓国ではほら吹きが目指すものが「サムスンの社員」だったりするのです。そこに一見活力的に見える韓国の絶望的な閉塞感を感じてしまいます。



■行き場のない情熱

彼の書いた著書のタイトルは「スペックより情熱だ」でした。スペックというのは現代韓国を代表するキーワードの一つで、元はもちろん機械の性能やポテンシャルのことですが、今日の韓国では「人間の価値」をも意味しています。

より正確に言えば、「就職市場における志願者の価値」ということになりますが、いずれにしても、安定的でない職場に勤めていなければ非常に厳しい生活が待っているので、良い職場にエントリーする資格も無いような人は価値が低い、と見られるわけです。


今の「韓国の強さ」は「無駄を切り捨てている」所でしょう。それが許される社会なのです。日本が韓国に比べて変化に乏しい社会に見えるとしたら、すでに完成された部分が多くを占めるからという要素以外に、「弱者」などに対する配慮が一定的に存在するからでしょう。


現代の韓国は過剰な競争社会です。幼いうちにレースから脱落した人間には、復帰するチャンスは残っていないのです。だからキム氏のような「特例」が注目されたのでしょうが、それもウソだったということで、やはり弱者が巻き返すことはできないのだ、という残酷な事実を証明してしまいました。



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