誰のためかはわからないグローバルリーダー養成講座(仮)

パクリのグレーゾーン

2015/08/23 05:32 投稿

  • タグ:
  • NEWSポストセブン
  • fhána
  • 音楽
  • パクリ

前回の続き。

でも自分が歌詞を書いているけれども、パクリや盗作の問題ってのは、オリンピックのロゴの件に限らずいつもついて回るものなんだね。例えば先日投稿した「花時」だけれども、こんな歌詞の部分があった。

「不安な心は振り払って 私が私であるために」(2番のサビより)

「この私が私であるために」って部分で真っ先に思いつくのは、尾崎豊の「僕で僕であるために」だよね。まあ自分も歌詞を書くときにその歌詞が浮かんでしまって、「これ大丈夫かな」と一瞬思いもしたんだけど、でも色々調べて大丈夫かなと思い使うことにした。

というのも歌詞に使われる表現言葉というのは普遍的表現なわけだから、ある歌詞と一緒あるいは似ていたからといって、表現をパクったことには当たらないんだよね。実際この「私が私であるために」ってフレーズを検索かけてみると、何件がヒットするんだよね。例えば浜崎あゆみの「Trauma」では、

「ムダなもの溢れてしまったもの役立たないものも 
迷わずに選ぶよそう私が私であるためにね」

と書いてあるし、AIの「Another Day」では

「You're the source inside of me
 私が私であるために
 見守ってくれてた
 Put your loving arms
 Over and over again!」

なんて使われてるしね。少なくともうたまっぷで調べる限りでは、7件ヒットするわけで、そこから著作権として保護されるべき表現の類ではないことがわかる。ちなみに「僕が僕であるために」というフレーズは、調べてみるとAKB48の「大声ダイヤモンド」をはじめとして、20件ほどヒットする。

だから部分的に似ているからといって、歌詞においてはパクリにあたるとされる例はないわけだ。ではフレーズのみならず、全体をパクってしまったらどうなるか。まあ例えば宇多田ヒカルであろうが浜崎あゆみであろうが誰でもいいんだけど、新しい曲にとても売れた曲の歌詞をそのまま移植して歌わせたらどうか。

まあ確かに誰でも知ってる歌詞の持つブランドや顧客吸引力を利用するわけだから、違法なのは免れないかもしれないけれども、でもそうやって無理矢理歌詞を移植した作品が、高い作品性をするとは到底思えないんだよね。というのも歌詞というものは仕立てとかでいうところのオーダーメード、オートクチュールなわけで、その曲に合った歌詞を書かないと、作品としてのパワー、価値が出なくなる。いくらアルマーニのスーツのデザインをパクって作ったところで、着る人にそのスーツが合わなければファッションとしては意味がないのと一緒。


だから歌詞に関していうと、法的保護に値する表現もなければ、他の人の歌詞をパクる実益もないだろうというのが、実際のところだと思うんだけど。ちなみにこのバンドのPV見ましたけど、これ滅茶苦茶酷いですね。正に曲に合った歌詞が書かれていない例で、作詞家がド素人であることがすぐわかるんですけど、皆さんはどうですか。

エンブレムパクリ騒動 一般人は「似てるかどうか」のみ問題視

http://www.news-postseven.com/archives/20150821_344334.html

さすがにランティスが歌詞の酷さに気づいてないってことはないと思うんだけど。まあ放っておいてるんだろうな。今のところは売れてるわけだし。

だからオリンピックのロゴのパクリ問題についても、自分はそのように考えてますけどね。基本的に殆どのデザインというものは普遍的なものになっているんだろうし、パクったとしてもそのデザインがクライアントの体に合わなければ価値が出ないわけなんで、パクる利益も生まれない。だから制作プロセスを明らかにすれば模倣にはならないとか、記事の「とても不幸なケースとしかいいようがない」というのは、物凄くわかるんですよね。

でも幾らパクリでなかろうが、既存の作品とほぼ同じものを新品として出されても、貰う側は嬉しくないでしょうからね。その辺が創作の難しいところなのではないかと思っていますけど。

コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事