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自由貿易はしなくても良い

2014/06/13 23:48 投稿

  • タグ:
  • 経済学
  • 関税
  • TPP
前回の続き。

昨日丸一日考えたけど、何故自分が消費者余剰が減っても「損はしていない」と言うかといえば、世の中には物が溢れているからだね。例えば牛肉が食えなくても豚肉や鶏肉を食えば良いし、コメがなくてもうどんやパンを食えば良いわけで、その代替物によって「損した」という感情も補うことが可能になっている。

つまり消費者が自由に物を選べ選択できるという状況下においては、特定品目にかけられた関税による消費者余剰の減少が、経済的なデメリットを引き起こすことはないんじゃないのかな。そしてそれは同様に消費者余剰が増える場合、つまり「得をする」場合にも言えると思われる。

例えば牛肉の関税が撤廃された場合、牛肉の消費者余剰は増えるけれども、そうなると消費者の自由選択に基づいて豚や鶏の消費が減っていくよね。そして豚や鶏の需要が減るのであれば量産効果が得られずに価格も上がることになるから、結果として消費者余剰も減っていくわけで、結果としては牛肉自由化で生まれた消費者余剰の増加分は、相殺されていることになるはずだ。



だから自由貿易論者に反論するならば、きっとその部分だよね、前述のように消費者は物を自由に選択して、それにより色々な消費者余剰の得喪を得ているにも関わらず、彼らはそれらを無視して、一部の品目の関税撤廃という「ミクロ」の話で、国民経済の利益という「マクロ」の話を語っているところに問題があるんじゃないかな。

まあもっとも関税を撤廃することで国内産業に競争の意識が芽生えて、産業が発展する可能性も無きにしもあらずだけど、でもそれは別の話ということで。ちなみに自分の理解によれば、関税撤廃で国民経済に資する場合とは、「代わりの効かないものを輸入する場合」ということになる。つまり牛肉など消費者が自由に他の代替物を選べる場合には、生まれた消費者余剰はどこかで相殺されているけれども、原油や鉄鉱石などの資源、あるいは生活必需品の場合は他に消費者に選択肢がないものなので、結果として輸入によって消費者余剰の増加が見込めることになる。

ちなみにそういう意味では、コメもそのような存在だったんじゃないのかな。昭和2、30年代の頃はパンも余り普及していなかったわけで、コメを輸入、自由化することに実は意味があったのだが、その後ライフスタイルが変わって消費者に色々な選択肢が生まれた現在においては、既にその意味がなくなったと考えるべきだと思うよ!!!

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