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グローバル化の種類 その限界+英語の必修化編

2014/03/11 07:01 投稿

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前回の続き。

前回までのように考えると、小学校の英語教育必修化というのは、どのように理解すればいいかな。

自分の持論では、言語というのは他国の競争に勝ち、外貨を獲得するための道具という要素と、他国からの経済侵略を守るという要素とを持っていることになる。すなわち外貨を獲得する際には、少なくとも相手の言語を知り使わなければ商売にはならないから、英語を学習するということは、海外で競争力を獲得するという意味がある。

一方で相手が日本に乗り込んでくる際には、本来ならば日本語を使わなければ商売にならないところ、日本人が英語をわざわざ学習してくれるというのであれば、日本語を習得する必要性が減るから、英語の必修化は日本において海外製品が競争力を持つ要因となり得る。



英語の必修化で影響が大きいのはコンテンツ業界かな。この動画のように日本語されていないゲームや音楽を日本人が理解出来るようになってしまったら、日本製ゲームのシェアは、たちまち奪われてしまうだろう。言い換えるならば日本のゲームや音楽が、何とか国内において優位を保てているのは、英語を毛嫌いする日本人のおかげであるとも言えるかもしれない。

だからそう考えると英語必修化のメリットというものにも、グローバル化同様限界があると考えるべきかもしれない。それは貿易面だけではなくて労働市場面においてもそうで、もし日本語を使わなくてもいいようになると、英語しか使えない外国人が、日本市場においても競争力を持つようになるので、日本人が就職においても不利になる。そもそも他言語を学ぶということは、本来出稼ぎ労働者が外貨獲得のためにやることであって、先進国の労働者がやることではないと思うんですよね。日本のような経済大国においてはむしろ、外国人に日本語を学んでもらうぐらいの姿勢でいた方が、経済的には良いと自分は思いますけど。

さて長々しくなったところで、前回の話にちょっと戻す。つまり前回にも話したように、グローバル化を進めようと自由貿易を推進したり英語を学ばせたりしても、グローバル化には限界がある以上、完全に順応させることは無理だし、英語必修のためにつけた予算などもそのグローバル化の限界から、一定の時点からはただの無駄に終わることになるだろう。

そしてグローバル化の限界をもたらすものは、国民の持つナショナリズムであったり、民主主義に起因する国民の参政権であるとも前回書いた。それではそのグローバル化の限界というものは、経済的に何をもたらすことになるのだろう。まず考えられるのは、一定の福祉の保障である。

つまりグローバル化が進展したとすれば、その中で勝ち残るために必要なのは、とにかく価格競争力をつけることになるだろう。となれば勝つだけであれば法人税を限界まで下げ福祉やらなんやらも切り詰めて、企業を海外から誘致することが最善手ということになりそうである。

しかしそんなことをしてしまえば暴動やデモが起き、民主国家においては投票によって政権交代して政策の転換が起きるだろう。そしてそうなれば地政学的なリスクが発生するから、折角誘致した海外企業が撤退することになる。つまり企業側からすれば「折角法人税が安いと思ってわざわざ来たのに、結局損したじゃないか、ちぇっ」ということになる。

これは暴動やデモを抑えるために福祉などの「餅撒き」が必要である以上、法人税を下げる競争にも限界があることを示しているね。どうせ法人税を爆安にしても、後で痛いしっぺ返しが来ると思ったら、相手国を出し抜くような安い税金は、提示出来ないはずである。

そしてグローバル化の限界は、製品品質の向上ももたらすことになる。つまりグローバル化で勝つためには全世界の所得水準に見合うように、安い価格でなるべく低い品質のものを、大量供給することが必要になる。

しかしながらアメリカや日本などの先進国では人件費も高いから、グローバル化においては優位に立つことは難しい。だから企業の中には「いっそ工場を日本から引き払って、下朝鮮にでも行くニダ」などという輩達が現れることになる。

でもそんなことをしてしまえば売国企業だと言われてしまって、国内においての売上に影響が出ることになるので、それはなかなかやり辛いということになる。確かにグローバル化においては低価格低品質は有利かもしれないけれども、それでも国内の市場を失ってしまえば大打撃になるから、そのような国民に反感を買うようなやり方は行い辛い。

こうしてナショナリズムというものに、グローバル化の進展を一定程度阻止するという効果が生まれることになる。もしグローバル化、企業の海外移転が国内の反発で無理だということになれば、企業側としては国内に目を向けざるを得ないから、日本国民や諸外国の富裕層に合わせた商品を開発しようということになるだろう。そしてそのような商品は高品質であり高価格であろうから、結果として製品品質が向上することになるわけだ。


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