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僕がゲームをやめる時

2013/09/24 23:53 投稿

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ブロマガで冒険者を引退する時という記事を読んだんですけど、これ読むと気持ちの重要さがわかりますよね。つまり人間は前に進もう何かを学ぼうと思うからそれが成長の糧になるのであって、逆に現状のままで良いやと思ったら成長はそこでストップしてしまう。だから記事の通り冒険心よりも思い出を語ることが上回ってしまったら、冒険者はそこで引退と。

でもその冒険心は、この記事のようなガツガツとした物欲や出世欲、あるいは具体的で身近な目標を、モチベーションの源泉としてはいけないんでしょうね。だって結婚だ出産だなんて欲剝き出しにしてたら、それこそ周りに迷惑がかかってしまいそうだし、何より手に入ったら心が萎えてしまいそうですからね。それこそ冒険者の話のように、チャレンジ精神よりも思い出話が上回ってしまうかもしれない。

ちなみに自分もつい最近、そういう心理状態に陥りかけたことがありました。アメブロの自分のブログの話なんですけどね。今まで50ぐらいだったアクセス数が、朝起きたら突然1000超えてるんですよ。総合ランキングも1万3000位で、カテゴリーランキング30位みたいな。

そりゃもう「えー」ってなりましたわ。だって今までブログのアクセス増やそうと思ってペタを貼ったりしてきたわけですけど、その目標がいきなり叶っちゃったわけでしょ。なのでランキング見たときは、一瞬「もうブログやめてもいいかも……」と思ってしまった。

昔からそういうところあるんですよね。自分は飽きっぽい性格なので、ある程度極めるとやる気なくすし、次から次へと興味も移っていく。あの、ゲーセンのメダルゲームとかで最初は1000枚稼いでやろうとか思うけど、実際1000枚稼ぐと、もうどうでも良くなって帰りたくなったりしません? あんな感じです。

でもそんな心理状態になりかけたんですけど、何とか自分は踏みとどまることが出来たんですね。何故かといえば、目標が「物欲」や「出世欲」ではなかったからでしょうね。自分のどこかに「色んな人とお知り合いになりたいな」とか「記事を読んでもらいたいな」という純粋な気持ちがあったから、踏みとどまることが出来たんだと思います。

だから途方もないほど大きな夢を持っておくというのが、モチベーションを保ち続けるための方法なんですかね、例えばこの漆紫穂子さんのように、大きな目標を立てておけば目標が達成されることはないから心が萎えることはなくなるし、自分で言うなら他人のためにやろうと思えたから、心も萎えずに頑張れている。だって「他人」は無限にいるんですからね。無限にいる以上は目標が達成されることはない。

あるいは逆に目標を小分けにするというのも、手なのかもしれないですね。記事では「目標を達成するための手段」として用いることが想定されてますけど、逆に目標達成のモチベーションを失わないための手立てとしても、使えるかもしれないなと思います。つまりは小さく目標を次々設定していけば、心が萎えることもないと。

そういう意味では自分も、そういう風にして目標を維持すれば良かったのかな。話したとおり自分は目立つのが嫌だとか、有名になると面倒だとか思って心が萎えてしまったわけですけれども、とてつもない目標でも立てておけば、やる気になったのかもしれない。

でもその他人のためにするというとてつもない目標があるからこそ、こうやって書き続けてもいられるという現実もあるわけです。別に他人のためにやることは、目立ったり有名にならなくても出来るわけですし。その意味ではモチベーションは常に自分に供給されている。

だから今の自分の精神状態を表すならば、「やりたい事はやれているけど、やるためのモチベーションが上がらない状態」という、一見矛盾する状態ということでしょうね。つまり普通の人なら「カネ欲しい」とか「出世したい」とか思うんでしょうけど、自分はそういう私利私欲で行動するのはやめようと思ったので、そのせいでモチベーションが上がらない一因にもなっている。でも他人のためにやるという意識はあるので、モチベーションは保てていると。だから自分がそのような気持ちを持ち続けていられる以上は、少なくとも「ゲーム」をやめる時は来ないということかもしれないです。


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