誰のためかはわからないグローバルリーダー養成講座(仮)

細かいご注文にはお応えできません。(乃木坂46「世界中の隣人よ」より)

2020/05/31 00:23 投稿

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前回の続き。

  巨人の星~行け!行け!飛雄馬~ (1番のみ)

「ゆけ 飛雄馬」

思い込んだら 試練の道を
行くが男の ど根性
真赤に燃える 王者のしるし
巨人の星を つかむまで
血を汗流せ 涙をふくな
ゆけゆけ飛雄馬 どんとゆけ

歌詞の話をしよう。
ご存知の通り、「巨人の星」の主題歌でございます。
昔は曲制作を依頼する時には、まず作詞家に話をしていました。「こういうテーマで書いてください。歌手は誰々さんで、先月青森の田舎から上京してきたばっかりで……」と言うようにね。そして作詞家は本人と面談したり、歌唱のテープを送ってもらったりして声質を確認した上で、どういう歌詞がいいかなと考えて書いていた。

こういう風に歌詞から書けと言われると、作詞家は注文に応じて柔軟に対応することが出来るんですわ。歌詞中の「巨人の星を つかむまで」とか「ゆけゆけ飛雄馬 どんとゆけ」のように、固有名詞が入っているのは、正に歌詞から書いたことによるメリットだね。

    紅蓮華

強くなれる理由を知った 僕を連れて進め

泥だらけの走馬灯に酔う こわばる心
震える手は掴みたいものがある それだけさ
夜の匂いに空睨んでも
変わっていけるのは自分自身だけ それだけさ

強くなれる理由を知った 僕を連れて進め

どうしたって!
消せない夢も止まれない今も
誰かのために強くなれるなら
ありがとう 悲しみよ
世界に打ちのめされて負ける意味を知った
紅蓮の花よ咲き誇れ! 運命を照らして

「鬼滅の刃」より、紅蓮華です。
巨人の星から月日が流れ、現在の音楽は曲先、つまり曲を書いてから歌詞を書くスタイルが主流になりました。何故そうなったかというと色々は理由は言われるけれども、自分はカセットテープの存在が大きいのかなと思うね。曲先の歌詞をつける時って、メロディを何度でも聞き直せる環境がないと難しいと思うんんだけど、カセットテープのおかげでそれが容易になったのだと思うね。

話が脱線したので元に戻そう。説明しているような曲先の世の中においては、作詞家の作詞というものは、曲の影響を大きく受けてしまうね。というのも曲のイメージを無視して歌詞をつけるわけにもいかないからだね。つまり明るい曲に暗い歌詞をつけるわけにもいかないし、曲に合う歌詞をつけようにも字数の制約もあって使える単語の数は限られている。だから加えて特定のワードを入れてくださいとか、こういうテーマで歌詞を書いてくださいと言われると、途端に行き詰ってしまう。

なので曲先の歌詞というものは、どうしても中身が薄い歌詞になってしまうんだな。この紅蓮華見てもわかるように、巨人の星のような固有名詞は出て来てないだろう。

世界中の隣人よ


夜はいつだって明けると 誰もみんな思っているよ
星がやがて消えて行くまで 僕らは窓の空を見てた

なんてちっぽけな存在なんだ

この部屋から祈ることしかできなくて
世界のこの悲しみに胸を痛め
言葉以上の涙を流してた

隣人よ そこにいて

あなたの思いは伝わっているから
手を握らなくても その愛は分かち合えるよ
大切な誰かと今を生きよう


自分に何ができるのだろう そう何度も考えてみた
ずっと眠れぬまま働く 彼らにどう感謝をしようか

そうさ 人間は捨てたもんじゃない

会ったことない誰かのため 支え合って
すべてを乗り越えられる力を持ち
未来に続く希望を信じてる

隣人よ 微笑んで

私と一緒に歌ってください
壁の向こう側に この声は聴こえていますか?
お互いに一人じゃないと わかって・・・

隣人よ夜が明けて 世界を照らすまで部屋にいましょう

隣人よそこにいて あなたの思いは伝わっているから

手を握らなくても その愛は分かち合えるよ
大切な誰かと今を生きよう

乃木坂46 『世界中の隣人よ』

https://www.youtube.com/watch?v=1gD76kKWKsE

そしてこの乃木坂の曲にも、その曲先歌詞の限界が表れているように見えるね

どこまで注文があったのかはわからないんだけどね。ステイホームの話を書いてくれと頼まれたのか、もしくはそれに加えて医療機関への感謝まで入れてくれと言われたのかは知らないが、とにかく色々なものを詰め込みすぎたせいで、出来上がった歌詞は単なる文章の羅列になっている。はっきり言ってこれは表現ではないし芸術でもない。特に最後のサビ前の盛り上がる部分で「隣人よ夜が明けて 世界を照らすまで部屋にいましょう」ってあるけど、こんなの笑いを通り越して呆れるわ。秋元康よ、お前どんだけ音楽をナメてるんだ。

しかも秋元康もさることながら、こんなものを平気で出してきた運営とソニーミュージックには殺意を覚えるよね。お前たちは今まで何を考えて音楽で商売をしてきたんだ。消費者と音楽をバカにするのも大概にしたらどうなんだ。


   Wills
夜が深くなって遠くで
空を照らす 星が見えた
道を歩く人に会えない
孤独に慣れた 暗い街で

丸い地球儀からすっかり消えた
寄り添い語り合う 日頃の嬉しさは
眠れずうなされた子の夢の中で
身の毛もよだつ獣に 化けていた

人間に課せられた
抗(あらがう)う気持ちを へし折った傷跡
手を握りたくても
その距離は 近くなれずに
壁越しじゃ見えない君の 横顔

2
ピアノを歌いながら奏でた
応援歌や 幸せの唄
映るスマホの画(え)の向こうで
誰かがした拍手が聞こえた
しょうがなくやって見せた音楽は
虚しさと静けさの中で 響き合って
辛さを乗り越えられる力となり
笑顔になれる魔法に変えて行(ゆ)く

一瞬で連れ出して
願いを叶える希望の彼方へ
向かう処(ところ)のない
苛立ちは姿を無くして
穏やかな光になると 信じて

混乱の世の中で 都会の閉ざされた部屋の窓から

一生で一度だよ
こんなに想いが高まっているのは
もし夜が明けたら
その時は 君に贈るよ
新しい世界の愛の言葉を 

だからレコード会社の音楽に対する認識って、この程度なんだね。
曲先と詞先の区別もロクにつかなければ、質の悪い音楽を世に出すことの躊躇や罪悪感もない。そのくせ権利の保護には熱心で音楽界の危機だとしきりに喚いている。

お前達自分の身を救って欲しいのならば、まずやるべきことをきちんとやったらどうなんだ。良い音楽を広める努力もしないくせに助けてくれなんて、余りにも虫が良すぎるだろう。

だからほんとにコイツらには腹立つんだよね。どうせ秋元康を皆組織ぐるみで庇っているんだろうけど、そんなことする奴らは全員消えてほしいわ。ということでひとしきり言ったところで自分の作品の解説を。とりあえず自分は大まかにコロナの話を書けばいいんだなと思ったんで、あまり細かい事には気にせず書き進めて行きました。

「47の素敵な街へ」(おうちでバッチこーい!ver.)

https://www.youtube.com/watch?v=uOcDBSWKusA

【期間限定公開】OUC48「おうちで会いたかった」公演

https://www.youtube.com/watch?v=GAcFmdqjWOU

そして具体的に何を書こうと
思ったときに、外に出られないという制約の中、何かを伝えようとしている人間の力強さ、逞しさが目に浮かびました。今AKBのゲロブス達がストレッチだのおうち公演だのやってるでしょう? 部屋の中じゃロクに動けないだろうし、ブサイクな顔を隠してくれるメイクや照明があるわけでもない。

でもその不自由の中で自分たちに出来ることはないかと彼女達が頑張ってる様子が、頼もしいし逞しいし、見ている人たちに感動を与えているのだなあと感じましたので、1番を書いている途中にそんなテーマで行こうと考えました。前述のようにあまり細かいテーマを曲先でやるのは難しいのですが、まあ事前に曲聞いて手ごたえはある程度掴んでいましたので、それぐらいなら出来るかなという感覚はありましたね。

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