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【小説】ゆかりとマキ、二人の記念すべき日に

2013/09/15 02:44 投稿

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  • 小説
  • 結月ゆかり
  • 弦巻マキ

 9月の15日。この日は結月ゆかりと弦巻マキにとって、大きな意味を持つ日だった。
 ゆかりにとっては初の大きな単独イベントの日で、ゆかりは今まで以上に力を入れている。
「それじゃあ行ってきますね、マキさん」
「あ、うん…頑張って来るんだよ、ゆかりちゃん」
 気合十分といった様子で出発して行くゆかりを、いつものようにマキが見送った。
 マキの声はいつもより元気がなかったが、単独イベントに対しての緊張などもあり、
ゆかりがその事に気付いた様子はない。
「…やっぱり、そういう事考えてる余裕はないよね…仕方ないか」
 少し寂しそうに呟きながら、マキは事務所に戻っていく。
 ゆかりは考える余裕がなかったが、今日はマキの誕生日でもあるのだ。
 丁度その日に、ゆかりにとっても重要な出来事があると言うのは嬉しく思うが、
それが原因で自分の誕生日を忘れられてしまったのは複雑な気持ちだった。
「っていやいや、子供じゃないんだから! それくらいでヘコんでどうする、私!」
 首を振って自分に言い聞かせながら、落ち込んだ気持ちを払おうとする。
 そうするだけでも、少しは気が晴れた気がした。
「…マキ、荷物が届いて………何してるの?」
「うわっ、か、カナ!?」
 水色の髪を後ろで束ねて、前髪をアップにしている髪型の少女が、
挙動不審なマキを見て不思議そうにしていた。
 彼女は天音カナ、JAMバンドでベースを担当しており、
マキとは学生時代からの付き合いでよき理解者でもある。
「べ、別になんでもないよ、うん。そ、それより荷物って?」
「……ずん子ちゃんからマキ宛に届いた」
 慌てて誤魔化しながら、届いた荷物の事を尋ねて話を逸らす。
 カナも特に追求する事はせずに、差出人の事を説明してくれた。
「ずんちゃんから?」
「うん…誕生日プレゼントだと思う」
「あ、そっか…後でお礼言っておかないとね」
 わざわざ送ってくれた事に感謝しながら、カナと一緒に事務所へと戻っていく。
 その後も、JAMバンドのメンバーを始めとしたAHS事務所の面々に祝われて、
落ち込んでいた気持ちも少しずつ持ち直して行ったのだった。

 一方その頃、ゆかりはイベント会場に向かいながら、今日の予定を確認していた。
「えっと、15時に閉会で、その後の事も考えると…うーん、ギリギリになりますね…」
 考えているのはイベントが終わってからの事で、
出来るなら早く帰りたいと思っているようだった。
 とは言え自分の単独イベントであり、付き合いなども考えると遅くなるのは確実である。 「今日中に帰らないと、マキさんの誕生日を祝えないのに…むぅ…」
 用意していたプレゼントの箱を見つめて、残念そうに呟いた。
 マキは忘れていると思っていたがそんな事はなく、 忙しい中で合間を見つけては、
マキの誕生日を祝う為の準備を進めていたのだ。
「…やっぱり、来る前に渡しておくべきでしたね…」
 驚かせようと思って後に回したのだが、結果的には裏目に出てしまって、
自分の考えの甘さを思い知り少し後悔していた。
 まだ間に合わないと決まった訳ではないが、確実に渡せた方がいいのは間違いない。
 そして何より、自分がマキの誕生日を忘れていると思われる事が嫌だった。
「何としてでも、今日中に帰らないと…!」
 悩んでいたって仕方ないと、ゆかりは決意を固める。
 確かに今回のイベントは自分にとって重要な物ではあるが、
大切な親友であるマキの誕生日を祝う事はそれ以上に重要なのだ。
「とにかく先ずはイベントですね…頑張りましょう」
 結果的にはそれが緊張をほぐす事にもなり、
ゆかりは万全の状態でステージに立つ事ができたのだった。

   そうして大成功と言える出来でイベントを終わらせたゆかりは、
打ち上げの誘いを断って急いで帰路へと着いていた。
 イベント後のやり取りなどもあり、すっかり日が暮れてしまっている。
「うぅ、今日中に帰れるでしょうか…」
 不安そうな表情を浮かべながら、帰りの電車を待つ。
 今頃、マキは帰宅して家にいるはずだ。
「いや、大丈夫、大丈夫のはず…この時間なら…」
 落ち着いて時計を確認すると、多少の余裕がある事が確認できる。
 これなら何かトラブルでもない限りは間に合うだろう。


 しかしそんな時に限って、トラブルと言うのは起きてしまう物だ。
『お知らせします。ただいま車両トラブルにより、電車の到着が──』
 駅の構内アナウンスから、電車の遅延という連絡が行われる。
「なっ…ど、どうしてよりによってこのタイミングで…」
 突然のアナウンスに愕然としながら、ゆかりの顔に焦りの色が浮かぶ。
 どのくらいの時間遅れるのか分からないが、このままでは間に合わない可能性が高い。
「こうなったらタクシーを…いやでも、それにしたって時間が…」
 様々な手段を考えるが、少し混乱気味になっている事もあって打開案が浮かばず、
ただ時間だけが過ぎて行く。そしてその間も、電車が到着する気配はなかった。

 事務所の皆に誕生日を祝われた一日が終わり、マキは家で一人、
ゆかりの帰りを待っていた。
 少し前にゆかりからイベントが終わって帰るところだという連絡があり、
それなら夕飯は一緒に食べようと思っての事だった。
「ゆかりちゃん、遅いなぁ…もしかして、何かあったんじゃ…」
 連絡を貰ってから結構な時間が経ったが、まだゆかりが帰ってくる気配はない。
 会場までの時間を考えれば、そろそろ返って来てもいい時間だった。
「あれから連絡もないし…うぅん…」
 マキの方から連絡を取ろうと何度か電話をかけたが、電波が届かない場所にいるのか、
いくら掛けても電話が繋がる事はなかったのだ。
 探しに行くべきかとも思ったが、入れ違いになり兼ねないので動くに動けないのである。 「ゆかりちゃん、大丈夫かな…」
 先程からずっと心配していて、他の事がまったく手についていなかった。
 そうして時間だけが過ぎて行く中で、不意にインターホンの音が聞こえてくる。
「ゆ、ゆかりちゃん!? …だったらわざわざ鳴らさないか。
こんな時間にいったい誰だろう……今でまーす」
 一瞬ゆかりが帰ってきたのかと思ったが、
ゆかりの家でもあるのだからインターホンを鳴らす必要はない。
 となると誰かが来たという事になるが、
こんな時間に訪ねてくる人がいるとは思っていなかった。
「どちら様ですかー?」
「どうも、こちら結月さんのお宅でしょうか」
 小包を持った女性が、事務的な口調でマキに声を掛けてくる。
 帽子を深く被っているので顔などは分からないが、後ろで一本に束ねている長い金髪と、
宅配屋の制服の上からでも分かるモデルのような体型が印象的だ。
「あ、はい、そうですけど…」
「そう、良かった…こちらご注文の品になります」
「えっ、あ、はい、判子持って来るのでちょっと待っててください」
 家を間違えていないと分かり安堵しながら、女性が荷物を渡そうとする。
 どうやらゆかりが何か頼んでいたらしく、それが今になって届いたようだ。
 要冷蔵、と書いてある為、食べ物か何かだろうか。
 そんな事を考えながら、慌てて判子を持ってきて手続きを済ませると、小包を受け取った。 「はい、確かにお渡ししました。それでは、良い誕生日を…」
「へっ!? あの、どうしてそれを…」
「誕生日ケーキをこの時間にお届けするように、とのご注文でしたので…では、失礼します」
 どうして誕生日の事を知ってるのかと驚くマキに、振り返ってその理由を答えると、
宅配屋の女性はバイクにまたがってそのまま走り去っていった。
 振り返った時に少しだけ見えた女性の顔は、どこかで会った事がある知り合いに思えた。
「今の声、誰かに似てたような…って、それよりも誕生日ケーキってつまり…」
 女性が誰だったのか、そもそもこんな時間でも届けてくれる物なのか、
など疑問は尽きなかったが、今はそれよりも渡されたケーキの方が重要だった。
 この時間を指定していたと言う事はつまり、
ゆかりも誕生日の事はしっかり覚えていてくれたと言う事だ。
「…覚えてて…くれたんだ…」
 きっとゆかりは、自分を驚かせようと思ってこんな演出を仕込んでいたのだろう。
 残念ながらその通りには行かなかった事になるが、
それでも覚えていてくれたという事実だけでマキには十分だった。
「ゆかりちゃん…」
 そして同時に、まだ帰って来ないゆかりの事が一層心配になってしまう。
 何事もなく返って来てくれる事を祈りながら、一先ずマキは家に戻るのだった。

 それから更に時間が過ぎて、間もなく日付が変わろうかと言う頃に、
玄関の扉が開く音が聞こえてくる。
「はっ、はぁっ…ま、マキさん、ただいま帰りました!」
 息を切らしながら、ゆかりが帰ってきた事を知らせた。
 それを聞くよりも早く、マキも玄関へ向かいゆかりを出迎えている。
「ゆかりちゃん、おかえり! …すっごく心配したんだよ、大丈夫だった?」
「きゃっ…は、はい、だ、大丈夫です…し、心配させて申し訳ありません…」
 帰ってくるなり抱き締められて戸惑いながら、ゆかりが答えを返す。
 慌てていたとは言え、連絡の一つも入れなかった事を思い出して
申し訳ない気持ちで一杯だった。
「良かったぁ…事故にでも巻き込まれてたらどうしようかって…」
「私はこの通り、元気ですよ…それよりも、その…」
 泣き出しそうになっているマキをなだめながら、
ゆかりが躊躇いがちに話を切り出そうとする。
 早く渡さないと、日付が変わってしまうからだ。
「ふえ…?」
「えっと、凄く遅くなっちゃいましたけど…これ、私からの誕生日プレゼントです」
 何だろう、と不思議そうにしているマキに、用意していたプレゼントを手渡す。
「あ…ありがとう、ゆかりちゃん!」
「ちょっ、ま、マキさ…」
 丁寧にラッピングされた小さな箱を受け取り、
嬉しそうに笑うともう一度ゆかりを抱き締めた。
 慌てた様子を見せているゆかりだったが、こんなに喜んでいるマキの姿が見る事ができて、
ちゃんと間に合ってよかったと心の底から思っていた。
「あっ、ご、ごめん、嬉しくてつい…それにしても、ちゃんと覚えててくれたんだね…」
「当然じゃないですか。大切な人の大切な日を、そう簡単に忘れたりしませんよ」
 嬉しそうにしているマキに、ゆかりが微笑みながら胸を張って答える。
 それと同時に、次からはこんな風に思わせないようにしよう、と心に誓っていた。
「…まぁその、こんなに遅くなるのは予想外でしたけど…
多分、ケーキも届いてますよね…?」
「あ、うん…ちょっと前に届いたよ。さすがにびっくりしたぁ、うん」
 頼んでいたケーキの事をおずおずと尋ねると、マキが困った様子で届いた事を知らせた。
「むぅ、本当ならもっと驚いてもらう予定だったのに…」
 サプライズとして用意していた事が無駄になった事を知り、
ゆかりが残念そうな表情を見せる。
 この為にいろはとリリィに協力してもらうように頼んだのだが、
無駄にしてしまった事が申し訳なくなり、後で謝っておこうと思うのだった。
「あはは、けどそういう気持ちだけでも十分だよ。ありがとう、ゆかりちゃん」
 残念そうにしているゆかりを見て、いつもの調子でマキが励ました。
 もちろん、その言葉に嘘はなく本心からそう思っているのは明らかだ。
「ん…はい。マキさんが喜んでくれたなら、それで十分ですね…ふふ」
 色々と用意した事が無駄になってしまったのは残念だったが、マキは喜んでくれた。
 その事がゆかりにとっても嬉しくて、自然と笑顔になっていた。
 二人にとって、今日という日は今まで以上に忘れられない、大切な日になるだろう。
「遅くなっちゃったけど…今からしようか?」
「はい、そうですね。実はその、お腹も空いちゃってますし…」
 少し落ち着いたところでマキが尋ねると、ゆかりも少し照れながら頷く。
 そして簡単に支度を済ませると、二人だけの誕生日パーティーを始めるのだった。


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