茜坊☆茶丸の「悪意あるベストテン!」

海江田万里の師匠! 野末☆陳平はロックだぜ!

2013/05/31 13:32 投稿

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得たいの知れないロックンローラー・野末陳平(のずえちんぺい)

80歳を超えてエベレストを制覇した冒険家の三浦雄一郎や、80歳を超えても尚、「暴走老人」を自称する「日本維新の会」の代表にして作家の石原慎太郎。この両氏と同じく、80歳を越えたあたりで、「狂い咲き老人」を宣言し、これまでの“真面目な活動”とは打って変わって精力的に活動を始めたのが、ご存じ、野末陳平氏である。

氏自身のホームページで「この頃は若い人にあまり知られてませんので……」とコメントしているくらいだから、ニコニコを観ている人はほとんど知らないお方です。

「ホームドラマの原型を作った男」にして、「姓名判断を流行させた男」であり、「政治家として税金の専門家」となり、今では「民主党代表の海江田万里」の師匠として認識されている。という紹介を見ても、なかなかどういう人物かは把握できない。

氏は「マルチタレント」の先駆けとして世に登場しているので、「得たいの知れない」のは仕方がない。最初は、「ストリップ劇場の台本書き」からキャリアをスタートさせている。

そこからまもなく、先輩に誘われる形で放送業界に入り、「放送作家」としてバラエティーや歌番組の構成を始め、『ママちょっときて』という大人気ホームドラマのメインライターとして活躍を始める。

しかし、氏の性分なのかも知れないが、そのまま脚本家として頂点を極めるはずが、このドラマに関する裏話を著書の中に書いてしまい、主演女優とモメて降板。そして、海外旅行が当たり前ではない時代に東南アジアへと飛び立ってしまった……。

日本に戻ると、『プレイボーイ 東南アジアを行く』という海外旅行のガイドブックをヒットさせ、続いて出版した『テレビ稼業入門』は“放送業界のデタラメさ”を暴露する内容で、こちらもヒット。それと同時に放送作家としての仕事から遠ざかっていく。

この頃、“阿木由紀夫”というペンネームで大量のコントを量産していた野坂昭如と共に、「早稲田中退・落第」なる漫才コンビを結成し寄席デビューをしている。しかし、極度のアガリ症の野坂に初舞台をメチャクチャにされ、「芸人・陳平」はデビュー間もなく消滅してしまった。

そして、野末陳平の名を世に知らしめたのが、『姓名判断 文字の霊があなたの運命を左右する』という著書。 今も、ネットで「姓名判断」と検索すれば、野末の名前がヒットするほど。ちなみに、「みのりかわのりお」という平凡な名前を「みのもんた」と名付けたのも陳平である。

その後、無所属で参議院議員となっても、その「マルチぶり」は衰えることなく、テレビタレントとして数々のバラエティー番組に出演を重ねる。その頃、隆盛を極めた日活ロマンポルノにまで出演している。

氏は、そんな「平凡」とは言い難い人生を歩んできたにも関わらず、80歳を越えても、「老人らしい平凡」を嫌い、「狂い咲き老人」を宣言している。これは、ロックとしか言いようがない。

都丸より。

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