まるで政府報道官
NHKの秘密保護法をめぐる報道に批判が殺到しています。本紙には「安倍政権のいいなりになっている」「危険性がまるでわからない」「NHKに抗議した」と次々に寄せられました。NHKにいったい、何が起きているのでしょうか。(NHK問題取材班)
安倍政権に肩入れするかのようなNHKの異常な報道ぶりは、国会最終盤にいちだんと強く表れました。
12月5日、参院特別委員会で秘密保護法案は強行採決されます。「ニュースウオッチ9」が、「対立の果てに」と題して伝えました。与党による採決強行を記者がこう説明しました。「これから予算案の編成、税制改正の論議がある。それへの影響を避けたい。ねじれが解消し、決められる」。まるで政府や自民党の報道官のようでした。
“歌姫”長々
翌6日の参院本会議で成立。「ニュースウオッチ9」は、「同盟国アメリカと高度な情報を共有するために、秘密とすべき情報がもれるのをなくすべきだというのは多くの政党が共有している」とキャスターがまとめました。番組では、続いて「自衛隊の歌姫」を特集。海上自衛隊・東京音楽隊の歌手で、自衛隊の広告塔となっている“歌姫”。その活動を長々と伝えました。
ちょうどこのとき、インターネットの国会テレビでは参院本会議を生中継。秘密保護法反対討論に立つ日本共産党の仁比聡平議員の訴えを映しだしていました。国会のまわりや全国各地では反対の集会やデモが広がり、国民の反対の声が鳴り響いていました。
秘密保護法のあとに安倍政権がねらうのは集団的自衛権の行使、つまり“海外で戦争する国づくり”です。NHKのニュースはそれを先取りするかに見えました。
国会内外の「反対」の声は無視して、それにぶつけるように自衛隊をクローズアップするNHKの報道姿勢。本紙読者からは「まるで戦争中の大本営発表でしかありません」(三重県の女性)と厳しい意見が寄せられました。
検証はなし
民放では法案の危険な中身を検討するニュースや番組を放送しましたが、NHKには独自に検証する番組がついに出てきませんでした。
NHKが実施した世論調査(6~8日)では、「知る権利侵害に不安を感じる」と答えた人が73%に上りました。「感じない」とした人は20%でした。秘密保護法に対して人々の疑問はいっそう強くなっています。
安倍人事 早くも影響か
引き締め強化 現場は萎縮
秘密保護法報道の異常が際だったNHK。元NHKプロデューサーの永田浩三・武蔵大学教授は、「安倍首相の意を受けた人が経営委員会に入ってきて、(NHKの現場は)その人たちを怖がっているのではないか」と指摘します。経営委員会人事が早くも番組に影響が出ているというのです。
永田氏はETV番組「問われる戦時性暴力」(2001年)を制作したとき、実際に安倍氏(当時内閣官房副長官)から圧力を受けた経験があります。
次期会長を狙う
「安倍氏は放送総局長を呼び出し、『ただではすまないぞ。勘ぐれ』と言ったそうです。『作り直せ』と言えば具体的な圧力になるから『勘ぐれ』と言ったのです」
10月、NHKの経営委員会に安倍首相が自らに近い人物を推しました。
百田尚樹(作家)、長谷川三千子(哲学者)、本田勝彦(日本たばこ産業顧問)、中島尚正(海陽学園中等教育学校長)の4氏です。秘密保護法案が衆院で審議入りする直前の11月4日、自民党、公明党、日本維新の会、みんなの党が賛成し国会で承認されました。
経営委員会は、会長の任免権や執行部の監督権限を持っています。会長選出は、12人の委員のうち9人以上の賛成が条件です。議決されるため、首相寄りの経営委員を送り込むことで、次期会長に安倍政権の息のかかった人物を据えることを意図したとみられています。狙いは、公共放送の支配にあります。
すでに自民党や財界からNHKの番組に不満の声が上がっていました。現在の松本正之会長(元JR東海副会長)のもとで放送された格差社会の問題を取り上げたものや震災復興予算の流用、原発事故を追及した番組がやり玉に上がりました。
歴史番組を攻撃
右派勢力も加わって、歴史番組が「左翼偏向」「反日的」と攻撃されました。12月の衆院総務委員会で、日本維新の会の議員が「NHKは偏向放送を繰り返してきた」と質問。松本会長は「重要な番組については、一部門ではなく他部門も含めた形でチェックする」「考査部門も会長直属の組織にしてやる」と、引き締めの強化を打ち出しました。
あるNHK関係者は、秘密保護法と経営委員の任命を安倍政権が強引に進めていることに危惧します。「内部的自由が奪われてしまわないか。われわれにとって、公共放送にとって切実なことです」。永田氏も「安倍首相の狙いを断じて許してはいけません」と言います。
経営委員会では、退任を表明した松本会長の後任を24日までに議決するとしています。有力候補として三井物産出身で日本ユニシス相談役の籾井勝人(もみいかつと)氏の名前が取りざたされています。しかし、安倍首相の介入を懸念する一部委員から、反発の声が上がっているとされています。
新たに経営委員会に加わった4氏の横顔
長谷川三千子氏(哲学者)
「民間人有志の会」発起人。右翼・改憲団体「日本会議」代表委員。
▽「国家が一切の力を放棄するという日本国憲法の『平和主義』は、国家主権の放棄であり…全くめちゃくちゃな憲法なのです」(「産経」4月30日付)
百田尚樹氏(作家)
昨年の自民党総裁選時、「安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」発起人。
▽「もし他国が日本に攻めてきたら9条教の信者を前線に送りだす。そして他国の軍隊の前に立ち、『こっちには9条があるぞ!立ち去れ!』と叫んでもらう」(ツイッター)
本田勝彦氏(日本たばこ産業顧問)
安倍首相が小学生のときの家庭教師。首相を囲む財界人が集う「四季の会」のメンバー。
中島尚正氏(海陽学園中等教育学校長)
「四季の会」の主要メンバーであるJR東海・葛西敬之会長が海陽学園の設立に関わる。
市民団体「干渉排し会長選考を」
市民団体は、安倍首相がNHKを人事的に支配する布石が打たれていると懸念し、次期NHK会長選考にあたって、経営委員会に申し入れをしました。
放送を語る会、日本ジャーナリスト会議(JCJ)、NHKを監視・激励する視聴者コミュニティは、政権の干渉を許さず、自主的に選考するよう求めました。
会長の選出基準については、「ジャーナリズムと放送の文化的役割についての高い見識を持ち、言論・報道機関の責任者として、放送の自主・自立の姿勢を貫ける人物であるかどうかを柱にすえるべきだ」と強調しています。審議経過の議事録公開や公募制の採用、候補者の所信表明の実施も提案しました。
NHK問題を考える会(兵庫)も経営委員会に「次期会長は『自主・自律』『公正・公平』が貫ける人を」とする要望書を届けました。