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ボイロ小説置き場 オブ aihorrn

琴葉探偵事務所 ~My favorite Ice Cream~  

2018/10/28 20:52 投稿

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 ~イントロダクション~

・琴葉探偵事務所は短編集です。前回を読んでいただかなくともお楽しみ頂けます。
・舞台は異世界で魔法ありのトンデモ世界です。
・タイトル通り、琴葉姉妹がメインになります。
・そこまでダークにするつもりはありませんが、一応、エログロに関しては注意願います。






 昼下がり。この時間帯特有の倦怠感が街中に漂っていた。
 魔道士の集う町、ロイドボイス。飲食店が集まる通りでは昼休みに外食を取りに来た人々が次第に自身のフィールドへと戻っていった。忙しない数十分前が嘘のようだ。
 ロイドボイスの飲食店街の中でも、ここ、二丁目の商店街は特に栄えている。飽和している飲食店の中から一歩抜け出そうと、店舗ごとに外観や内装といった料理以外の要素に特徴を設け、差別化を図っていることが見て取れる。
 例えば派手な色や明かりで装飾していたり、対象的に明るい木目調で統一して柔らかな印象を狙っているお店もある。
 そんな通りに構える店舗の一つに、”マキカフェ”なる飲食店がある。このお店、そんな二丁目商店街の特徴に反して、見た目にこだわりが、努力が感じられない。ごく普通のちょっとお洒落に気を使っている一軒家に、カウンターやテーブルを設置したらこんな感じになるだろう。店っぽくない、という感想がしっくりくる。
 とりあえず白を基調に必要な家具を並べました、と言うところだろう。
 そんなマキカフェだが、私、琴葉葵はこのお店が大好きだった。
 他の飲食店はある種の特別感のある空間ばかりだ。確かに魅力的かもしれないが、普段使いしている私にとっては足が重くなる要因となっている。
 対してマキカフェはというと、そういったハードルはなく、まるで自分の家や気の置けない友人の家にお邪魔するくらいの気軽な気分で入店することができる。料理はもちろん、私はそんな雰囲気が気に入っていた。
 今日はいつものように混雑する時間帯を避け、姉と一緒に昼食を取りに来ている。二人並んで座っているカウンターを挟んだ向かいにはこのお店のスイーツ担当――マキさんがカチャカチャと洗い物を進めている。
「――へぇ、さっすが葵ちゃんだね」
「せやろ? あんなちっぽけな地図であのお宝に辿り着けたんは葵が居ったからやでな」
「……」
 私は努めて下を向き、食事に集中する。
ロイドボイスの人通りが少なめで静かな地帯にぽつんと構える琴葉探偵事務所。師匠であるマスターが調べ事がある、ということで不在の間事務所を任された探偵である私は、自称冒険家兼私のボディーガードの姉と一緒に事件に対応している。
 マキさんは私たちの仕事の話が大好きらしく、楽しそうに姉の話を聞いている。その話題が、いつもの、姉が突然持って来た冒険家に投げたくなるような依頼の話でなければ文句はなかった。
 私は辛い料理を食べたことにより火照った顔を上げ、吐き捨てる。
「もう、マキさん助けて下さいよ。お姉ちゃん、本当に私を冒険家か何かと勘違いしてるんですから」
 マキさんは顔を上げず、手元の作業を続けながら言う。
「えー? いいじゃない、楽しそうで。私は羨ましいなぁ――――はい、チョコミントとストロベリーね」
 コトン、とカウンター上に二つの透明なカップ。姉がいつも食べているストロベリーアイスと、私の愛してやまない、マキカフェのチョコミントアイス--!
 私はさっきまでの胸中をすっかり忘れ、チョコミントアイスの入ったカップを手に取る。
「はぁぁ…………」
 感嘆の息が漏れる。
 手のひらサイズで丸々と綺麗な球状は愛くるしさを際立たせ、思わず撫で回したくなる。
 散りばめられたチョコレートはミントという広大な海を泳ぐ高級魚だ。
「…………アイス溶けるで、葵」
「いただきまーす!」
 私はこの世界の何もかもを忘れ、ただ目の前のアイスを味わう、ただそれだけに集中する。
「ん~~!!」
「葵ちゃんはいっつも美味しそうに食べてくれるからこっちも嬉しいよ」
「姉としては恥ずかしいけどな……。まあ、いっつも頑張っとるし、息抜きできるのはええことやな」
「でも、何か足りないみたいなんだよね、私の作るアイス」
 私はふと聞こえたマキさんの言葉に、がたん、と立ち上がる。
「何言ってるんですか、マキさんのアイスは最高ですよ!」
「ありがと。でもねぇ……売り上げが落ちてきちゃってるんだよね。とあるお店がオープンしてから」
 私は目を細め、言う。
「とある店、ですか」
 マキさんはカウンターに頬杖をついて、ぼう、と外を眺めながら言う。
「うん。ちょっと前にできたらしいんだけど、そこのアイスがとっても評判が良いんだ。それでウチに来てくれていたお客さんが取られちゃってさ……。どんなアイスを出してるんだろうな~、と食べにいったんだけど」
 ごくり、私は唾を飲み込み、マキさんの言葉を待つ。
「確かに美味しかった。美味しかったんだけど、私のアイスと明確な差が分からない……。でも、私のアイスが負けているのはお客さんの反応から見て明らかだから」
「マキさん……」
 私はかける言葉が見つからない。
 しかし、マキさんは落ち込んでいるわけではなかった。両手の拳を握り、強く瞼を閉じて、言う。
「くぅ~! 悔しいなぁ! そこでなんだけど――琴葉探偵事務所に依頼があるんだ」
「へっ、マキさんからウチらに依頼?」
 のんびりとアイスを食べていた姉はキョトンとして、言った。
「ウチら、アイスの開発なんてできひんで?」
「ははは、違うよ。私以外の人で、あの新しい店のアイスを食べた感想を教えてほしいんだ。お友達兼お得意様の琴葉姉妹に頼みたくてね」
 私たちとマキさんは、魔法学園中等部時代からの友人で、一年差の先輩だった。
 私は何度も頷く。
「ええ、任せて下さい! ――お姉ちゃん、これは何よりも優先すべき最重要案件だよ……」
 私は冷静に、言葉を並べる。
「マキさん、私たちに任せてください。すぐにでも敵の化けの皮を剥がして、マキカフェの廃業を阻止してみせます」
「いや潰れねーよ。……まあ、そこまで言ってくれるなら、良い情報を期待してるよ?」
「承りました! ほらいくよお姉ちゃん――――!」
 ずんずんずん、私は早足で店を去った。


 茜はそんな葵の背中を、座ったまま見つめていた。
 マキはそんな姉の背中を見て、微笑ましさを感じた。
「……はぁ。マキさん、そのお店の名前と場所教えてや」
「お姉ちゃんは大変だね?」
 茜はマキが手早く用意したメモをおおきに、と受け取り、立ち上がる。
「ホンマやで、チョコミントアイスのことになると全く周りが見えなくなるんやから。あ、お勘定やな……葵め、ウチが居らんかったら食い逃げやないか」
 マキは茜から昼食のお会計を受け取る。
「ピッタシ、確かに受け取りました。――――じゃあ、よろしくね? あ、でも急がなくていいよ、マスターのコーヒーがイマイチでも、今すぐ潰れたりなんかしないから」
 イタズラっぽく言うと、奥から、聞こえとるぞ、と不機嫌そうな老人の声が響いた。
 茜はニヤリと笑う。
「マキさんは友達サービスや、優先高めで取り組むで?」
「おっ、それは嬉しいね。それならこっちも負けてられない、アイスのリニューアルするために研究をもっと頑張らないと」
「それなら真っ先に葵に食べさせてやってや、きっと喜ぶで」
「いやあ本当に姉の鑑だね、茜ちゃんは」
「ふふん、せやろ? ウチはいいお姉ちゃんやからな」
 ばん、と勢いよく店の扉が開いた。茜が振り返ると、肩で息をする葵の姿を確認した。
「はあはあ、マキさん、そういえばその新しいお店の場所を聞いてませんでした……」
 茜とマキは顔を合わせ、笑った。

 △△△

 私は姉と一緒に、ロイドボイスの商店街を歩く。
 人が減ってきたといっても場所によりけりで、私たちの向かっている方面は宿が近く、旅行客が多いので盛況を見せている。
 私はやるせない気分で、腕を組みながら歩く。
「絶対マキさんのアイスの方が美味しいよ……第一悪いのはアイスではなくマキさんのアイスの美味しさを理解できていないだけだろうしそもそも……――――」
 マキさんにもらったメモを見て歩く姉は、しばらくして、呟き続けている私の言葉に反応する。
「葵、とっても口が悪くなってるで。それにしてもあのマキカフェからスイーツ系のお店でお客さん奪えるなんて、相当美味いんやろな」
「……それは食べてみないとなんとも言えないね」
 マキカフェはカフェなのだから、当然、飲み物もメインとして売り出している。しかし、あそこのマスターが淹れるコーヒーは良くも悪くも個性的だ。少なくとも、私含め周りの人で好いていると公言したのは誰一人居ない。注文しているのも見たことがない。
 一応、ニッチな需要があるらしく、あそこのコーヒー以外飲めなくなった、という熱烈なファンもいるにはいるらしい。
 飲み物がそんな状態であるから、マキカフェに訪れる客の大半はマキさんの作るスイーツが目当てだ。私や姉はアイスクリームばかり頼むが、ケーキも相当の人気を獲得している。一度ショートケーキを食べたことがあるが、確かに美味しかった。
「で、そんなマキカフェの客足が落ちたということは――――あ、あそこかな」
 私は前方を指さす。
 オシャレなオープンテラスが横に並び、ぱっと見は満席だ。窓から覗く店内は明るい木目模様が目立つ。こちらも混雑しており、席は多少空いているものの、昼食後のデザートを食べるにはあまりに遅い時間を考慮すれば相当な人気があると言える。
 スイーツ店、『メイクトレンド』――――。
「ちっ、いかにも若者受け狙ってるのバレバレじゃん」
「舌打ちでてるで、葵」
 私は何も応えず、お客さんをざっと見渡した。
 静かに食べる人、よほど美味しいのか、頬を緩め、恍惚の表情を浮かべる人。
食べている人たち皆が、舌から味覚から、幸せを感じている。
 ――そんなに美味しいの?
 ごく、と思わず唾を飲み込んだ。
「とりあえず入って、てきとうに何か食べようや」
「あ、うん」
 私は姉の背中を追いかけ、店の扉を開く。
 瞬間、ふわり、と甘く優しい香りが全身を包む。
 いらっしゃいませ、とカウンター奥で作業する複数の店員による挨拶のハーモニー。
 ――――そこは、特別な空間だった。
 私たちはメニューの写真を眺めてああでもない、こうでもないと言い合いながら注文を決定する。
 待っている間は、興奮する気分をなんとか抑えながら姉と談笑したりしていた。姉も落ち着かないのか、何度もキョロキョロ、店内を見渡していた。
 商品を受け取ると、数分が十分にも二十分にも感じられる時の遅さへのいら立ちが吹っ飛んでしまった。
「「うわあ、美味しそう……!」」
 私はチョコミントアイス、姉はイチゴショートというケーキを見降ろす。
 これまたオシャレな皿に盛られた高級感漂うチョコミントアイスは、見ているだけでヨダレが止まらない。
「あ、葵……これヤバいで」
「う、うん……これ、絶対凄いよ」
 私はスプーンを、姉はフォークを手に、恐る恐る、一口分だけ取って、口に運んだ。
 刹那、私という魂が一瞬、あまりの衝撃に頭から抜けてしまった――そんな感覚に襲われる。
「んぅ……!!??」
 身体が言うことを聞かず、ビクりと震える。天を仰ぎ、体幹のど真ん中を撫でられたような快感に口をつぐんで耐える。
「はぁ……。大丈夫、お姉ちゃん?」
 息をついて前を見ると、姉が額を手の甲で支え、俯いていた。 
 ギリギリ目が合う程度に顔を上げ、消え入る声で言う。
「これ……アカンわ、美味すぎる……!」
 それから私たちは夢中に食べ、気が付いたら完食していた。


当日夜。今日の営業を終了し、閑散としているマキカフェ店内。
 二人の感想は一致した。
 こんな美味しいスイーツは、食べたことがない。
 このお店は別世界なのではないか、そんな連想をする程に非日常な空間。
 それが、『メイクトレンド』の魅力だった。
 私は絞り出すように報告を締める。
「美味しかった……本当に……!」
「何で泣いてんねん……」
 一日、スイーツを作り続けていたのに元気なマキさんは、首を傾け、物思いにふける。
「そうかぁ、特別感ね。ありがとう、参考になるよ。確かに、マキカフェと、私の作るスイーツには無い要素かもしれないね。――――――今日も色々試してみたけどしっくりくる物はできなかったし、これは私のこだわりのせいで視界が狭まってるかな……?」
「こだわり?」
 私の拾い上げた言葉に、マキさんは目をそらし、恥ずかしそうに人差し指で頬を掻く。
「あー……。まああれだよ、私のスイーツに対する哲学みたいなもの」
 そんなことより、とマキさんは話題を切り替える。
「今の状況を打破する手段として、私は『アイス師範』に会いたいんだ」
「アイスシハン? 何やそれ」
 聞いたことないで、という姉に、私は説明する。
「アイス師範は有名な妖精だよ、お姉ちゃん。頭角を現したアイスクリーム職人の元に突然現れて、見事に認めてもらえれば必ず実力を伸ばせる凄いアドバイスを貰えるの」
 私は続ける。そんなアイス師範だが、出会いたいと思ってもそう上手く行かないこと。実力が必ずしも関係していると言い切れないこと。
 そして――高確率で会うことができる方法が存在する、そんな噂話。
「なるほどな、それをウチらに調べてほしいってことか」
「うん、正解! 私は私で改良に取り組むけど、もし時間あったら調べてほしいな」
 私はガタンと立ち上がる。
「お姉ちゃん!」
「はいはい、これも最重要うんたらやろ。というわけでマキさん、何か分かり次第、また来るわ」
「ありがとう! 絶対に今より美味しいアイス、完成させるね」
「はい、とっても楽しみです!」
 私たちはマキカフェを出た。
 街頭に照らされた商店街は、昼頃とは全然違う表情を見せている。
 続々と店仕舞いを済ませた店舗が増え、逆に夜になったことで活気にあふれている所もある。
 静かだけど騒がしい。私は結構、こんな雰囲気の中に身を置くことは嫌いではなかった。
 並んで歩く姉は、前を見たまま、言う。
「調査といっても、当てはあるんか? ウチはよー知らんけど、幻だとか言う人らも居るくらいなんやろ?」
「大丈夫、一応、奥の手はあるから。面倒な手順を踏まないとダメだからあまり使いたくないんだけど」
「それならええけど。……なーなー、明日の昼はエビフライ食べにいこや」
「朝ごはんちゃんと作ってくれたらいいよ、明日の担当お姉ちゃんだからね」
「……葵が起きた時にまだウチが寝てたら起こしてな?」
「……はいはい、でも自分で起きてよね」
 他愛のない話をしながら、事務所への帰路を歩く。 
 
 △△△

 後日。私は姉と一緒に行列最後尾に並んでいた。
 今日の朝は優雅の欠片もなかった。目を覚まして時間を確認して飛び起き、姉を起こすだけ起こして、私は急いで準備して事務所を出た。
 意識がしっかりと覚醒するのを待たずに激しく動いたからか、とても身体がダルい。
 どうして日がまだ浅い朝の時間は、こうも急かされる気分になるのだろう。私はこの世を恨んだ。
 大きなあくびをしている姉を横目に、言う。
「……別についてこなくてよかったのに」
 口を波打たせながら噤んでいた姉は、私の言葉に間を置いて反応する。
「ウチも食べたかったしな。葵一人じゃ自分らの分が買えへんやろ?」
「一個だけだからね、最近出費がかさんでるし」
 私は行列に並ぶ時間がとても苦手なので、姉が来てくれて本当に助かった。
 そんなことをしてまで何を買いたいのかというと、超有名店の人気商品、『3連まんじゅう』――肉まん、あんまん、カレーまんのセットだ。
 このお店、本当によくお客さんが並ぶ。3連まんじゅうはいつも昼頃には売り切れてしまう。 つまり開店前もしくは直後から並んでいないと買える見込みがないのだ。だから私は、必死に朝に起きてこうして並んでいる。……私が食べるわけでもないのに。
「これで何も情報が得られなかったらどうしよう……なんて心配にもならないね」
「アイツのことやし、何も知らんなんてことはないやろうしな」
「飲食に関係することで知らないことなら無敵だし」
 私たちがここまで信頼を寄せる人物。
 自力で調査しても有力な情報が得られなかった、アイス師範と出会う方法。
 でもおそらく、彼女なら知っている。
 新聞社のグルメ・飲食部門所属に突如現れた新星、紲星あかりなら――――!

 
 新聞社の社内は喧騒に溢れていた。
 怒鳴り声にさえ聞こえる大きな声が周囲で響き、バタバタと足音は忙しない。
 そんな夕刊の部門に比べれば、今いる辺りは相当に静かだった。
 グルメ・飲食部門に足を運んだ私たちは、あかりのデスクへと直進する。
 綺麗な銀髪の三つ編みが左右に垂れている。真剣な表情で机に向かっているので何をしているのかと思ったら、小さなおやつを食べているようだった。
「なんやあかりん、仕事かと思ったらサボっとるんか」
 姉の声に顔を上げたあかりは、私たちの顔を一瞥して、
「あ、茜さんと葵さんじゃないですか、どうし――って、それは!」
 私はふふんと口端を上げ、持っている右手を揺する。
「そ、3連まんじゅうだよ。聞きたいことがあって来たんだ」
 あかりは目を細める。
「……ひとまず、場所を変えましょうか」
 私たちは応接室に招かれた。
 個室になっているので、ここでなら秘密の話もできる。
 私は向かいに座ったあかりに、3連まんじゅうを差し出した。
 目をキラキラ輝かせるあかりに、変わらないなぁ、と息をついた。
 紲星あかり。私たちの1年後輩として魔法学園中等部で出会った。
 あかりは何よりも食べることが大好きだった。中等部の頃も、使えるお金の大半を食事に費やしていたように見える。
 食べる量も大概凄いが、どうやら味覚センスやその味を伝える才能があったようで、新聞社に入社してまだ1年も経っていないにも関わらず、隔日連載の個人コラム『ロイドボイスを食べ尽くす』は大人気を博している。 
むしゃむしゃと美味しそうに食べるあかりに、私は尋ねる。
「それであかりちゃん、聞きたいことがあるんだけど」
「何れすか?」
 頬張りながら首を傾げるあかりに、私は大丈夫と信頼しながらも縋る思いを抑え、言う。
「アイス師範に会える手段を知らない? どうしてもマキさんに会わせてあげたいの」
「もぐもぐ……。なるほど、だから3連まんじゅうなんですね」
 咀嚼している分を飲み込んだあかりは、言う。
「大方、最近できたメイクトレンドにお客さんが取られちゃったんでしょう?」
「……流石やな、ロイドボイスの飲食事情は知り尽くしとる」
 自然に漏れた姉の称賛を、あかりは静かに流す。
「これが仕事ですから。……本当は言いふらしたくないですが、二人の頼みだし、マキさんのためとあらばしょうがないですね」
 あかりは最後に残った肉まんを取り出して、続ける。
「絶対ではないですが、アイス師範とで出会える確率を上げる方法は知っています。ミント草原、ご存知ですか?」
「東の隣町、イースト町のミント草原でしょ? チョコミント好きの間では常識だよ」
 あかりは一口食べ、右手の人差し指を立てて、言う。
「そこのミントを使って美味しいチョコミントアイスを作ることでアイス師範に出会える……かもしれません」
「かもしれない、かぁ。やっぱり会うのは簡単じゃないんやな」
 呟く姉に、まるで先生が生徒を諭すように言う。
「ええ、そもそもこれは出会える確率を上げるだけにすぎません。アイス師範と出会うために必要なのは、何より”情熱”と”技術”ですから。あの方の目に留まるか、そこが一番重要なんです」
 私は姉と目を合わせ、あかりに向き直る。
「それなら大丈夫だよ。マキさんはそのどちらも持ってるから」
 あかりは微笑を浮かべる。
「ええ、知ってます。マキカフェのスイーツは絶品ですから。しばらく食べてないから、行きたくなってきました」
「それなら、今度一緒に行こ? マキさん、今アイスのリニューアルに向けて研究中らしいんだ」
 あかりの目が蒼く光った。
「それは気になりますね。仕事という名目で食べに行くこともできますし、最高です」
「相変わらずやな、あかりんは。ほな、葵がその新しいアイス試食させてもらえる日が分かったら教えるわ。マキさんにはウチらが伝えとくし」
「わーい、楽しみです! マキさんのアイスは日々頑張る私たちにそっと寄り添ってくれる、等身大のスイーツとして最高ですからね」
 私は妙に納得してしまった。流石は人気コラムを手掛けるだけはある。
 そうやって、無邪気な笑顔で期待に胸を膨らませているあかりを見た。


 イースト町、ミント草原のある地域まで車でおよそ一日。
 今回は私と姉の二人旅だ。
 マキさんは自分も行くといったが、ミント草原までは魔物との戦闘が予想されるので、危険だからと止めたのだ。
「こっからは車では行けんな。歩きで行こか」
 姉が見据える先は、車が通れそうな道ではない。しかも、運転中に突然魔物が前に現れても危険だ。
 私は頷く。
「うん。気を付けていこうね。魔物は少なからず居るから」
「ウチに任せとき」
 二人で進む際は、姉の後に私が一列に並ぶ。
 ――そして、予想通り敵は現れた。
「えっ、ゴーレム!?」
 姉は驚愕の声を上げる。
 ゴーレム。人の魔法により造形された自立人形。
 つまり、魔物のような人のコントロールできない相手ではなく――――人為的に、戦闘力を配置しているのだ。
 私は姉に言う。
「とりあえず、ミント草原まで行こう! そこで何か分かるかもしれない!」
「そうやな! ————吹き飛べッ!」
 姉は目にも留まらぬスピードでゴーレムに迫り、巨躯が動く前に先んじて拳を叩き込む。
 成すすべなく、姉の魔法で強化された殴打を受けたゴーレムはバラバラに砕け散る。堕ちた破片は魔法の操作から離れ、元の土へと還っていった。
「なーんかきな臭いな?」
「……ミント草原を独り占めしようとしてる人が居る。そう考えるのが自然だね」
「あかりの言ってた通りか……一体誰が?」
 あの後、あかりはこんなことを言っていた。
 ——あ、お二人とも、ミント草原に行くなら気を付けて下さいね。最近、収穫に行った人が怪我して帰ってきたという話を聞いてます。やられたのは魔物じゃないとか。
「正直、思い当たるのは一つあるけど……推察の域を出ないし、ゆかりさんでもない限りは証拠もでてこないと思う。しかも、ゴーレムもあの一体だけみたいだし。偶然発見して、あまりに質が良いからと魔が差したのかも」
「実際、あの一体で独り占めなんて絶対できひんやろな。これに懲りずにまたやったら、今度こそ懲らしめんと」
 しばらく歩く。
 すると、何度目かの足音が聞こえてきた。
「……なあ、葵。またゴーレムやで」
 今度は四肢が鋭い針の、いかにも殺意が高いゴーレムだ。
 呆れ声の姉に、私も同調する。
「一体、何人がミント草原の取り合いしてるんだか……」
 姉は前に出る。
「じゃあ、さっさとやっつけるで」
 そう言って魔力を流し始めたその時。
「――て、うわっ!?」
 虚を突かれた姉が反応できない速度でゴーレムはこちらに接近、より遠い私めがけて飛んでくる――――!
「葵っ!」
「大丈夫」
 ゴーレムは右腕の針で私を串刺しにしようとして――――
 あと二歩のところで、全身が凍結した。
「へっ?」
 素っとん狂な声を上げる姉に、私は不満を露わに腕を組み、言う。
「一応、常にお姉ちゃんのフォローに回れる様に準備はしてるよ。まさか私がやられるとでも思ったの? 本当、全然信頼してくれないんだから……」
 ここぞとばかりにいつもの不満をぶちまけ、ついでに凍ったゴーレムをパンチ。バラバラに砕け散った。
「ゴーレムはとっても凍りやすいから、むしろ私の方がよっぽど安全に対処できるんだから。え、お姉ちゃん?」
 姉は地べたに体育座りしていた。
「ごめんな葵ダメなお姉ちゃんで……どうせウチは戦闘でも頼ってもらえない、何もできない役立たずですよーだ……」
 クルクル、指で地面に丸を描く姉からは悲壮感があふれ出していた。
「ち、違うよお姉ちゃん! 戦いで頼れないなんて言ってるつもりじゃなくて――――」

 エビフライの約束でなんとかなだめた後、私たちは最奥、ミント草原に辿り着いた。
 視界が一気に開ける。
 平原一杯に緑のカーテンが掛かっているかのようだ。
「うわあ、いい香り……!」
 ミントがいっぱいだ。スゥ、と爽快な香りが辺りを包み込んでいる。
「ひゃあ、凄いなぁ。これがミント草原か」
 姉が口を開けて呆けているのも分かる。
 細部まで丁寧に手入れされているのが見て取れる。およそ人の身では辿り着けない、完成された生育環境だろう。
 極限まで研ぎ澄まされた仕事は、芸術になる。
 辺りには誰も居なかった。その代わり、私たちの頭上で何かがキラキラ輝いた。
「おや、久しぶりの来客ですね。あなたたちも、私のミントの葉を収穫に?」
 小さな人のような生き物が、響く声で言った。
 妖精だ。
「久しぶり……? やはり、最近は誰も?」
 妖精はため息をついて、言う。
「そうなのよ、だーれも来ないから、こんなにいっぱい」
「ああ、やっぱり。これで見えました。大丈夫ですよ、またしばらくしたら客足は戻ります」
 妖精と姉は目を丸くする。
「え、なんで?」「ほう、どうしてそう分かるのですか?」
「簡単な話です。質の高いあなたのミントの葉を独占したい、と考えたバカがたくさんいて、みんなが足を引っ張り合った結果、誰も収穫に来れなくなったんですよ。その原因は私たちが排除しました。今度は、あなたが釘をさしてあげて下さい」
 妖精は遠い目をする。
「あらまぁ、そんなことになってたなんて。……忠告ありがとう」
 そして、私たちを再び見据え、言う。
「それで、あなたたちは? 収穫にきたの?」
 私は頷く。
「はい。私の大好きなアイスクリーム職人、彼女をアイス師範と会わせてあげたい。そのために、あなたの作るミントの葉が必要なんです。どうか、頂けないでしょうか」
 妖精はじぃ、と私の顔を眺め、続いてミント草原を走り回る姉を見て、小さく笑った。
「いいですよ。というか私、余程でない限りは誰にでも許可を出してますし。ミントの葉、すぐにいっぱいになるんですもの」
「ああ、育ちが早いと聞きますね。ありがとうございます。では、頂いていきますね。――――お姉ちゃーん、収穫するよー!」
 ほーい、と返事を聞きながら、私はしゃがんでミントの葉を近くで見つめる。
 ――本当に綺麗。後は、マキさん次第かな。
 私たちは適度にミントの葉を収穫し、妖精にお礼を言って、ロイドボイスへと向かった。

 △△△   
  
 夜、マキカフェ。ミントの葉を渡してから一週間程が経った。
 今日の朝、営業終わりに作るから来てほしい、とマキさんに呼ばれた私と姉は、“CLOSED”と書かれた看板がぶら下がっている扉をノックする。
 ほどなくして、ガチャリと開いた。
「遅いですよ二人とも」
「って、あかりんもう来てたんか」
 扉を開けたのはあかりだった。
「今日の取材はそれくらい重要ですからね。マキさんは今作成中です」
 中に入りつつ様子をうかがうと、カウンター奥でマキさんが真剣な表情で作業を行っている。 私たち三人はテーブル席に座った。
 そこでマキさんは、私たちが着いたことに気づいたのか、ふと顔を上げ、言う。
「あ、二人ともいつの間に! ごめん、何ももてなせなくて。ちょっと待っててね!」
「全然気にせんでええでー」
 あかりは持ち込んだ原稿用紙とにらめっこしている。
「あかりちゃんはそういえば連載コラムも書いてるよね? 凄いなぁ一年目で。もう私たち追い越されちゃった気分だよ」
 あかりは顔を上げ、苦笑を浮かべる。
「そんなことありません、今も書いてる途中で詰まっちゃってますし。それより、琴葉探偵事務所の活躍は新聞社を大いに賑わせてますよ」
 私はキラリと瞳を輝かせ、身を乗り出す。
「えっ、それホント!? どんな感じなの?」
 あかりは人差し指を顎に当てて、記憶を巡らせる。
「うーんと……。ずっと謎だった宝を見つけたー、とか、富豪のお宝を盗んだ盗賊を退治した、とか……? なんか、探検家か冒険者みたいで、全然探偵っぽくないですね」
「うぐっ!」
 悪気のない声でそんなことを言われ、私の心にグサリと刺さった。
「ははは、せやろ? 毎日楽しいで!」
「相変わらず茜さんは学生時代から頭空っぽで人生楽しそうですよね」
「せやろせやろ……って、うん? 褒めてるんか、それ?」
「思いっきりバカにされてるよお姉ちゃん」
 久しぶりに集まった友人たちとの会話は、とても楽しい気分になる。
「こーらーー! 私も混ぜろー!!」
 嫉妬したマキさんのおしゃべり欲求は、どうやら高い集中も貫いてしまったらしい。
「それなら早よ作ってやー」
「あともうちょっとだよこのヤロウー!」
 あははは、と店内に笑い声がこだました。


 ことん、と私たちの前に丸いアイスの入ったカップが置かれた。姉の分は赤い、イチゴのアイスだ。
「確か茜ちゃんはチョコミントダメだったよね? イチゴも作っといたよ、それもリニューアルしてるから、ご賞味あれ」
 私は見た目だけで、これまでのマキさんが作っていたアイスとは全然違うものである、と感じ取っていた。
 青はより深い深い、奥行きのある色に。チョコは深海に沈む石のよう。
 表面が少し溶け、沿って流れるは自然の恵み。ミントの葉に滴る、天からの恵み――雨だ。 このアイス一個で、たくさんの自然を描いているというのだろうか――――?
 香りもより一層、爽やかでなお、甘さがそれを包み込み、優しさを併せ持つ。
「これは……自然の恵み、優しさを体現したかのようです……」
 あかりは思わず、無意識に言葉を紡いだ。
「じゃあ、いただきます」
 私はマキさんに言うと、大きくうなずいた。
「――――どうぞ」
 その声を聞き届けぬ内に、私はスプーンを手に、アイスを削り取る。
 ふわり、と沈み込むスプーン……とことん、私を誘惑する。
 一体、これを食べたら私はどうなってしまうのだろう? そんな心に抱いた恐ろしさは刹那で期待に圧殺された。
「……あむっ。――――!」
 口に運ぶ。静かに下でアイスを押しつぶし、じんわりと中でアイスが広がった。
 その瞬間、私は快楽で死んでしまうかもしれないと覚悟したが――私の胸に去来するのは、安心感、つまり私は、この最高の味を堪能しながら、とても心地よい落ち着いた気分だった。「これは……凄い! 何でこうも冷静でいられるのか分からないくらいに美味しいです!」
「そうですね、これは絶品です。高級なお店とはまた違った方向性で、頂きにまでたどり着いている……!」
 私とあかり、二人はそろって感嘆する。
 それにマキさんはほっとしたように、表情を緩ませ、席に着く。
「ああ、良かった……。これなら、客足も戻ってくれるかな?」
「ええ、それは間違いないでしょう。メイクトレンドに劣らぬ、素晴らしいアイスですよ、私、紲星あかりが保証します」
「それは頼もしい発言だね。これでマスターに顔向けできるよ」
 マキさんはちらりと振り返る。店の奥から、普段の不機嫌そうな表情からは想像もつかない優しい微笑を浮かべてマキさんの背中を見つめていた店主は、目が合うと「フン」と鼻を鳴らし、扉を閉めた。
「イチゴの方も美味なってるわ、ウチはあかりんみたいに味の説明とかできひんけど」
「ううん、とっても嬉しい評価だよ」
 私はチョコミントアイスを堪能しつつ、言う。
「あっ、これならアイス師範、来てくれるかな?」
「どうでしょうか? これで来なければもう諦めた方がいいかもしれません」
 あかりがそう言った瞬間。もわっ、と店内上空に光る煙が出現した。
 これは、ミント草原で見た妖精と同じだ。つまり――――
「ふぅ、邪魔になると思って出なかったが、呼ばれたのなら仕方あるまい」
 これまた小さな人型。しかし、ミント草原で見たような大人の女性でなく、アイスクリームのような白い髭を蓄えた老人だった。
「あ、アイス師範!! 聞いたことのある外見通りです!」
 あかりは驚いて、がたりと席を立った。
「おお! この人がそれか? 貫禄あるなぁ」
「あなたが伝説の……」
 私と姉はただ、座ったまま見上げる。
 後方から声を掛けられたマキさんは振り返り、待ちに待ったアイス師範を見て、
「あ、あなたがアイス師範だね? ちょうどよかった、私のアイスを食べてみてよ!」
「ま、マキさん!?」
 驚愕したのはあかりだった。それもそうだろう。アイスクリームの歴史をずっと見てきた伝説の存在に教えを請うのではなく、なんと自分のアイスを試そうというのだ。
「ふむ、このワシに挑戦するか……」   
アイス師範は表情を動かさない。
 マキさんはからりと笑う。
「だって、この世で一番アイスクリームに詳しい人だよ? そんな人に私の作った商品を食べてもらうチャンスなんて二度とないかもしれない!」
「……そうか」
 ニィ、とアイス師範の口端が上がった。
 ……その結果は、私たちのみぞ知る。
 ところで最近、マキカフェの営業時間外にお客さんが時々やって来るようになったらしい。


 数日後。茜はマキカフェに一人で来店していた。
 客の入りは悪い。ただ、それは時間帯の問題だ。昼、夜の時間帯は混雑を極めるようになった。
 ドリンクの入ったコップを前に滑らせ、空いたスペースに頭を置く。
「どうしたの茜ちゃん、珍しく元気ないじゃん」
「聞いてやマキさん……最近葵がマキさんに影響されたのか、家でもチョコミントアイスを作り始めたんや。それだけならええんやけど、その作ったチョコミントをウチに試食しろって迫って来るんよ」
 マキは笑う。
「あははは! 茜ちゃん、チョコミント苦手だもんね」
「笑い事ちゃうで、何度断っても食べさせようとしてくるし……今も逃げてきたとこや」
「それは災難なことで――――ん?」
 マキは正面、店舗の入り口を見て目を細める。
「あれって……。ふふっ、茜ちゃん? 妹の趣味に付き合ってあげるのも、いいお姉ちゃんとして必要じゃないかな?」
 茜は顔を上げ、言う。
「へ? なんやマキさん急に――」
「ここに居た!」
 バン、と勢いよく開いた音に茜の言葉は強引に中断させられた。
「げぇ、葵!」
「今日こそチョコミントアイス、食べてもらうからね……」
 右手に皿を持ち、葵はじりじりと茜に近づく。
 茜はしばらく固まって、突然、葵の横をすり抜けるように店舗から脱出した。
「あ、こら待て! 絶対、これならお姉ちゃんもチョコミントアイス好きになるから! だから食べろーー! 歯磨き粉と言った罪を償えーーー!!」
「うわー来るなーー!!」
 マキカフェに突如吹き荒れた嵐はすぐに去っていった。
 マキは茜の飲んでいたドリンクを下げ、どんどん離れていく鬼ごっこ姉妹を眺め、ふふ、と笑った。 
 


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オマケ・登場人物

琴葉葵
チョコミントアイスが大好き。

琴葉茜
イチゴアイスが好きだがエビフライの方が好き。

弦巻マキ
琴葉姉妹の一個上。ゆかりと同級生。スイーツ作成全般が得意。

紲星あかり
琴葉姉妹の一個下の後輩。食べる量も、舌も凄い。
ちなみに『ロイドボイスを食べ尽くす』は葵が好んで読んでいたりする。



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