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そこには何故発電機が無いのか

2021/02/07 08:34 投稿

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8割程度には問題は無い。

ともかくPS5を買える様な人々にとって、そこは問題に成らないだろう。

世間には「人力発電機」それに通じるものはある、のだ、職場。最終的に、「電気はどうやって発電してるんですか?」と言うと、”人が”その構造を創ってタービンを廻しているから、だ、究極的には「人力」である。そこに、1kw10円、という金額を設定すれば?”そこ”からは無尽蔵なお金(電力)は必要なだけ発生する、事には成る訳だ。この構造を護る事で、経済的な破綻は、最終的には避けられる。”仕事”をしている限り、「お金が無い」その事態は存在しない。

色々、視点はある。
現実は、そう成ってないのでは。

正直、自分も「人力発電機は何処?」と言うと、中々見えてない、部分はある。ともかくは?多くの人々にとって「働けばお金は出ます」という理解は、明日への活力には成る、自身は職場に勤め、働いて、給与を貰っているのだ。これを続ける事で生活は安定する。”それ”を示されれば?そこには苦悩からの解放、”快楽に近い物”は有る訳だ。リアリティは必要だ、それは自身の職場にも適用し得るか?適用し得れば?それは「面白い」と言う評価に成り、何故か人はそこに100円を投入しても、損をしたと言う感覚に成らない。

その分の「価値」をプレイヤーは獲得しているから、だ。

人には価値が必要だ、それがある、という事は、精神的な安定に繋がる。自身に対して?人々の多くの同意、必要性、それを求められていると言うべきか。少なくとも、その価値を内包する限り?自然減していく自身の価値が、直ぐに0に成る、「あなた、もう要らないのでは」”そこ”に至る事は、無い。社会貢献性に対して人は快楽を感じる構造がある、その社会で必要性を示せる事が、或いは生存性に通じるから、かもしれない。”それ”を獲得する為にお金を払う、それは対価として適当ではある。

そのゲームをクリアするだけで、500円以上の価値は有ります。

そう言うゲームは、有ると言えば、有る。現行のPS5は、”そこ”を足場にし易い状況はある、とは言えるので。ただ、「足場にしてないゲーム」は、少し苦境だろうか、ソフトの要求がかなり変わっている?それは制作現場に、ちょっとしたストレスの発生かもしれない。

とは言え、歴史の衝突は、深みを覗くと深刻ではある。太陽信仰と、金本位制の衝突では、「仕事が出来ません」土地もお金も無いので、その悲痛を残しはする。”ここ”に必要なのは「アイディア」ではあるか、「余った土地を国が集めて、職にあぶれた人々をそこで雇って給与を支払えばどうか」等など、どちらの立場にしろ、ケースバイケースだとして?ともかく打開する提案、それは価値がある。

筈ではあるが。

対立か、歪み?の中で育ってしまった増長か、非現実的なオカルト、だろうか。”その”世界には人力発電機が無い、しかし何故かお給料は供給され?人々は疑問のある生活を続けている。「どうやって維持されているのか?」それは外部からの供給に他ならない、が。それが先細りする、或いはやがて消えるかも?と言う事態への対処に、この環境には返答が無い。

ただ、消費されるだけの、そんな環境。

何かを失ってしまって、それを補正出来ていないのかもしれない。


テレビは。


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