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壊れたカメラに映るモノ

2020/10/04 07:43 投稿

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  • PS5草案
  • 思想

実も蓋も無い話。

テレビゲームに、PS3以上のハードパワーなど必要無いのではないか?

PS5に懸念が発生してる中で、その”企画側に”そんな感覚が有る、そんな状況。


実際現状でも、市場規模その他を考えたら”それ”が正論でさえ有る。
明らかに上限が100万円でしかない市場に200万円投入しようとしている、そんな感覚は濃厚だ。
通常、10万円クラスのPCでも出来ない事を、5万円程度のゲーム機で実現しよう、そこに既に無理があって、
そこに対して既存は、単刀直入に原価10万円を5万円で売る、と言う方法しか選択出来なかった、と言う”感じ”もする。

これを売れば、数は出るにしろ、売れば売るほど赤字になって、そしてソフトのロイヤリティだけでは”それ”を埋める事が出来ない…そんな懸念は重い。
とは言え、”それ”を超えて勝者に成った!のが、或いはプレイステーションかもしれず、そして「昭和」と言う時代の現実だったかもしれない訳だ。
10社が犇めき、一社で100ずつ得ていた”そこ”に、コストを500投入し、1000得る事に成功した、そんな感じの後、何が残ったか?と言えば、あくなきコスト増と減っていく市場規模、そんなニュアンス。

世界を統一したかの様な、そんな彼らの夢は、その先に続かなかった。

9社を潰して得た市場は、呪いと共に有って、それは彼らに撤退を許さない、そんな感じもある。
次第に見えていく物の最後に、「元凶」それが、自身だったりする悪夢、それもそこに有る。


「壊れている」のだ、入力される情報の全ては、物理的欠損が原因でデータ的に歪んでる。それに対して自己診断は出来ない、そう言う機構は搭載されてない、”壊れている”ハードのまま、壊れた機構により処理された情報が外に出ていく。”それ”が軋轢を起こしているとして、では「壊れてない」状態とはどんな?それが、メンテナンス側にさえも失われていて。”それ”こそが倒すべき敵だ、人類の自由を阻害する邪悪なる魔王、それを超えた先に。

思想として、「その時、自身の理想郷が現出する」筈が、それは今も現れてない、見えない抵抗、凶悪で見えない魔竜に対して劣勢だ、それを打開出来ない、パワーが必要だが、それはもう期待出来ない。世界を変えよう、そんな理想と共に、何故か、窮乏する現実。

やがて不意に見える悪夢も有る。彼らが目指した、「世界を自身の自由に歪めている邪悪!」それを倒さんとして、そこに自分が居る?悪夢。

それも一つの報酬、だろうか。

「壊れている」

それが解れば、少しは同情も出来る。


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