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とある科学者に憑りついた夢魔

2020/10/01 14:51 投稿

  • タグ:
  • 相対性理論
  • 経済

それはそれで絶望的な光景。

AとBの二人居る。
逆に言えば、その二人しか居ない。
そこに、人力発電機が有る。

Aはお金を得る為に、人力発電機を回す。
しかし、その電力に対し、Bはお金を払わない。
”お金が無いから”だ。
Bもまた、同じく人力発電機を回す。
しかし、その電力に対し、Aはお金を払わない。
”お金が無いから”だ。

その電力を使用し、自身の家その構造を維持する事は出来る、が。
「お金」はしかし、そこに発生していない。

自分の主張する「価値」その生成、と言うのも、結局は”これ”に近い話はある。
”相手”がお金を持って居なければ?”それ”を換金する事は出来ないのだ。
或いは何か違う物を持っている、にしろ。渡すつもりに成らなければ渡せない。
自分の創った物は全て貴重であり売れる物では無い、なら。
この相手と、交易は発生しない訳だ。

「お金の作り方」は、基本的には「等価交換の後」と言う事には、成る。
換金出来なければ、「お金と交換出来なければ」それはお金に成らないのだ。

「反逆者」それが原因と言うべきだろうか?

ともかくその為に創案した”雅”市場に対して、「期待される換金」が起こらない場合がある。

…気がする。

本来なら?「大衆は神である」神に逆らう事は出来ない、事から、この定義が神に認められたモノなら?神は強制力を発動し、お金を換金してくれる、”筈だ”ったのだが。この理屈が、「農協は価値があるから高値で買って下さい」に対して期待する事態、「神様が”了解した”結果で、売値が上がる」ではあるのだけど。

自分の現状は、果たしてそんな逆らえない神様の思惑の結果なのか、それとも「上手く動いてない」その事態なのか?は、今も微妙に不透明だ。

自分の事態としては、正直「大金を持ってない」使えない、方が、今は色々と安全ではある、無いお金なら盗られる事も無い訳だ。過剰に持って居れば?好ましくない危機も身近である。そう言う危機感は、今の事態では想起し難い。そう言うのはちゃんと管理し得る環境が有って意味がある、一般家庭に数千万円がポンと支払われても、面倒の元でしかないのは良くある話。

でも、「状況が改善してない」それはそれで現実ではある。

アインシュタインの悪夢か夢魔は、今も何かのリアリティと共にはある。

相対性理論は、別にお金を産んだりしないのだ。

では、お金は何処から?


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