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農協の理念とテレビ番組

2020/09/25 12:13 投稿

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好ましい絵がある。

「商店街が総じて流行ってる光景」その絵だ。
そしてそこには、”そこ”に至る理屈と実践と、そして結果がリアリティと共に有る。
そこに居る全てに、それが望む職が有り、共栄する結果として、そこは発展していく。

「この光景は具現化し得る」のだ、”それ”を世界が望みさえすれば。

”これ”が、売れるか売れないか?この絵に値段は付くだろうか、そこが問題。

この絵が売れる時、作者は一枚100円程度のコストで、或いは一万円とか?そう言う金額を得て、生活する事が出来る。通常なら余剰人員でしかない”ここにいる人”は、「未来を描く」と言う役職を得て、その自身の生活費を他者に依存せず、一般的な市場を侵害せず、自立が出来る訳だ。原価100円が一万円に成った、と言う事は、9900円が「何処かから発生した」と言う意味ではあり。これを発生させ続ける事が出来れば、「減っていく」衰退と言う事態は回避出来る。創作は、本来は”それ”が出来て初めて意味を持つ訳だが。

その時?「自分の願い」と言うのは、ほぼどうでも良い、まず商品価値が無い。
「そうで無ければ成らない!」とか、そう言う青年の熱血的なモノも無意味だ。
例えば百万人がそこに提案された理想論に「出来る」と納得するか否か?ではある。


「農協の商品は、少し高く買わねばならないんです」

この物言いが通るか通らないか?と言うのも、結論では”これ”と同じ話ではある。
小作農家が安定して暮らせるだけの構築度と理念、「価値」が、この「出荷された作物は全て買い取る」と言うシステムに有るか否か?で、それの具現性は変わってくる。上に描いた「商店街が総じて流行ってる光景」それを目指す時、経済的な発展を考慮しても、この農協のシステムは支えねばならない、それは、社会貢献と言う観点でも、大事な話であって。


その前に、まず「と言う感じを構築出来れば、人はお金を出すのか?」ではあり。


一応、「ストリードの連携」これを、上手く運用し構築出来れば、それはそのままその理想論を具現化し得る、”ハズ”ではあって。なら?自身が続けている「ショートサーキット出張動画版」これにも、相応の換金性はある、筈であり。その継続が、自身への利益性を増幅させ、或いは自身の市場を発展させる、その礎に成っている、筈である。「テレビ番組」それはまあ、そう言う理想論で成り立っている、訳だが。

正直、今もハッキリしない(-_-;)。

ストリードの連携、それは効果がある、とは思うのだが、「数値的には」今も、期待されるそれは”自分の前には”見えない。カウンタは制御されているんだ!とは言うが、世間がそれを問題視している光景も見えず、理由が「被せ」るそれは犯罪だからか、それとも「その存在を前に出さない為」なのか、今も曖昧だ。

意識としては、「ショートサーキット出張動画版」を続けているからこそ、日常が維持されている、”無形の物々交換”の結果だ、無形とは言え”利益”は得ている、そう言う意味では自身は「YouTuber」と言えない事も無い…とは考える、が。

「世間体がどんどん悪く成っていく」のも、また現実の実感としては、有って。

「正義は勝つ」時、自身は何処にいるモノか。


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