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とある女優の一言と戦争

2020/09/05 07:48 投稿

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期待出来ない部分はある。

百姓根性、と言えばそれで終わってしまう話。

農協に対して、現在でも「付加価値が」その理解は、ほぼ得られない感覚は有る。「JA」と名前は変わっている、が。その結果で何が変わったか?と言えば金融業が活性化した位だ。色々な理由がある、ともかく現在でも、農協は農業の生き残り策を模索できない、前例踏襲のみ、だ。

今の、中小農家の寄り合い所帯、出荷された農作物は全部買い取る、という形態である限りは、クオリティで外部の大手に勝てない、雑多な個人農家にその期待は無理がある。「戦争」と言うイメージの中で、ガンダムがリックドム12機を3分で全滅させた、様な感じ。実際には「物量はクオリティに負ける」局面が有り、農協の衰退は正に”この”状況による。今更クオリティを高める事が出来ないのに、戦況はどんどん悪化していく、物量さえ充足出来なくなっていく、のだ。

とは言え、複雑な物言いで「胃袋は有限」である。市場は1000tしかないのだ、なのに、農協は低品質を2000t出荷して、何とかしようとしている。

結果、物量に依存する今の形態である限り農協は外部の大手に押され続ける事に成る。


現状で言うと、農協の救済それは「政府による特別扱い」しかない部分は、ある。

この辺、自分の感覚ともズレが有り、何とも言えない。補助金は出すが売れない場合は廃棄、と言う理解の方が自身のそれだが、その為にはその補助金を産む原理が必要で、”そこ”に対しても、農協自身の理解は無い。本来なら、JA自身で何かの創作?による利益性を確保し、農作物の買い取り価格を下支えする(その創作による利益で補填する)と言うのが有っても良いのだが、それは今もって、ない。SEGAの取締役である名越氏が、自社ブランドのゲーム大会勝者へ「チー牛喰ってそう」とか言っちゃう感じ。彼らは「創作の利益でしか経済の衰退は止められない」と言う感覚に、同意も理解も無い訳だ。

創作それはむしろ、敵でさえ有る。

「オードリー・ヘップバーン」と言う往年の名女優、しかしそれ?が残した言葉だろうか。「農業だけは絶対に嫌」、その映画のラストで、非常に印象的に呟いたその言葉は、妙に残る何かとしてある。”それ”を否定する時、農協にとっては、娯楽産業とは敵でしかない。そこから始まった、それは可能性としては有り得る。

同意と、現実に、どうも混沌は膨らんでいく。

悪いのは何か、最早、考える事を放棄している感覚さえあり。

そこに有るモノは何か、今も微妙に不透明だ。

「言う事を聞け」自身がそれを言える権力を手にした時、それは正しいか?

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