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出入り禁止と言う慈悲の末

2020/06/27 12:08 投稿

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  • 創作
  • 剣呑

状況は停滞している。

自分の構想では、創作が利益性を持てる時、それは農業保護政策にもお金を回せる、そう言う意味ではある。農作物の生産は、実際には限度がある、胃袋は有限だからだ。一定量を生産してしまうと、それ以上は市場として存在しない。食料の消費ロスを無視しないとこの事態は打開し得ないが、客は、か、何故かそれ以上を支払ってくれる訳でもなく。結果、利益性は減る一方で、維持が困難な状況に陥り、結果で環境その物も悪化する。

新規の農業生産者は必要無いが、そのあぶれた人々の職が、今の状況では存在しない。

創作が利益性を持てないから、だ。簡単に言えば、映画館に行く客が少ない時、映画館その物の数はどんどん減っていき、”それ”に関わる技術者も従業員も失職する。この現象は、あらゆる方面に発生する、ゲームセンターも本屋もビデオレンタル屋も、「面白いコンテンツが無い」時、それは一気に縮小し、あぶれた雇用はデッドウエイトに成る。

しかし、”これ”を打開しようとする先に、常に「新聞記者」その悪夢は有る訳で。

創作とは、結論で言えば、「未来」である。理想を描き、実現性を唱え、ある種の実証をしつつ、問題点その他を洗い出し、また改善策を唱える。それら一連の結果、その期待される環境は存在し得る、時?”そこ”には「面白い」と言う感覚が発生し、お客はそこに、お金を置く事が出来る。現状、「商店街が総じて流行ってる光景」それを、”ここ”は理想としていて、”それ”を具現化する為に”雅”市場その他は構築され、成果は出ている、のだが。

この環境であっても、或いはむしろ、「新聞記者」それは拒絶されるのだ。
もちろん売春婦を強姦して殺した、なんて罪人をそのまま受け入れる正義など無いが。

ただ、この理想は面倒な事を言い始めもする。「アメリカは太平洋戦争で原爆を落とした事で反則負けに成ったんです」問題の殆どは、”それ”をアメリカが認めず、日本政府も公式見解に出来ない事から始まるのです、アメリカは日本にひれ伏さねばならない。少なくとも昭和であっても、”これ”は異端以外の何物でも無い、アメリカは勝者であり、ハリウッドは傑作の宝庫であり。しかし、或いはその帰結で実は、「新聞記者」その衝動は発生した。

今のこの理想を声高に要求する、それは常に、「新聞記者」その犯罪と悲痛を再び呼ぶ可能性が、常に付きまとう訳で。

自称としても「王の権威」側にとっては最大の懸念ではある、”それ”はその力?を求め、その身近な支持者を襲うのだ。平成の、問題を起こした時期は「昭和天皇」が崩御した後だから、自身への危険性はあまり無い、しかし。今は?そもそも。その懸念が、今もまだ、微妙に払拭出来てない。

「玉川徹」と言う人物を、罪人として罰する事は、今も出来ないのだ。
現場レベルで、「悪いけど貴方は今後、出入り禁止ね」それはあくまでも、”その態度が”現場レベルでは耐え難いに過ぎない。こういう衝動は、あの青葉容疑者に通じる様に厄介で、迂闊な隙を見せた時点で、それは不意にそこに居たりするのだ。

出入り禁止にした客が、何かの剣呑を纏い店にやってきたら、何が起こる物か。
その際に万が一でも起きたら、その被害者の損害の責任は何処に有るか。

それを止める手段を今も、微妙に持ててない。



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