あげちうのブロマガ

雲の向こうで嗤う蜘蛛

2020/05/27 17:53 投稿

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  • クラウド
  • インターネット

クラウドとは、「雲の向こう側」と言う意味だ。

要するに、「良く解らない」そう言うサービス内容の事ではある。

正直、”これ”を説明しようとコストを掛けてしまう自分に嘆息はする訳だが。

実際には、まずインターネットとは「雲の巣状に設置されたネットワーク」であり、この構造を通す時、各アドレス間にあるサーバー数は一定になり、負荷は(理屈の上では)統一される。全てのアドレス、ユーザーを平等に公平に扱う、と言うまず第一の条件はこれで満たせる訳だ、普通の電話線では遠い近い等々で、平等、と言う環境は無理だ。

この時、実際には全てのデータは「中央サーバー」そこまで”上がって”きて、それから”下る”事に成る。ここで一つの問題は発生する、全てのデータが中央サーバーを通る時、そのデータ量はどれほどか?だ。平成の中期にこれは大きく問題視されていて、その為もあり、妙な倫理は発生してた。

盛り上がってはいけない。

当時を体感した人々にはなじみのある感覚ではあるまいか。何がどう面白いのか解らない物が妙に評価され、そうじゃないモノが意外と罵倒される、様な歪みが結構あって。ともかく、あの「ファイル共有ソフト」が問題視された理由である、あれは放置すれば、中央サーバーに思い切り負荷を掛ける仕様だった。様々な諸問題の末に、打開案?が提示された。

データがそもそも中央サーバーに有れば?問題視すべきは下りの速度だけではあるまいか。

ユーザーは中央サーバー側にデータを置いて貰い、”それ”を呼び出せば、中央サーバーに上がるデータは「データを投げて下さい」のコマンドだけで良い。

基本的には、”これ”が「クラウドサービス」の、基本的な需要と概要である。そう言う構造がやがて増設され、Youtubeとかも、安定した内容になった。アップロードさえ出来れば、もうそのデータは中央サーバーを通らないのだ、それを見る人々がどれだけ多くても(キャパシティ範囲内なら)構わない。ただ同時に、これは”インターネットその物を運営する”Googleと言う会社の台頭が始まる理由にはなった訳で。

構造その物は(帯域の圧迫などに関しては)今は問題ないが。ただ、つまり「世界規模の構造を使う」為に、ユーザーはコストを払わねばならない訳で。データなんかクラウド使って流さないと回線はビジーになる!が、それには世界規模のコストを担当出来る企業?と投資が必要で、それが限られる時、ここには本来の理念、それはかなり薄れていく事には成る訳だ。

平等に公平に、全ての人々を等しく主人公として扱わん、その理念は何処行っちゃったの。

こういう現実を前に、「クラウドサーバーを使えないのか?」は、何というか、溜息は出る。
しかも、つまり「金が無い」と言う事に対して、それは笑っている訳だ、低レベルだ、と。

憤りと言うか、苛立ちと言うか、つまり視点でのクラウドを使わないと言う低レベルなシステムに四苦八苦してる光景がまあ、滑稽に見える、と言う事に対する憤慨なのだが。現状の理解では”それ”を言う奴は、経済的に破綻した感じもするのだ、なのに、彼らはその場所に意識はまだ、ある。

その一面では、世界を背にしつつ、だ。

彼らを「ゴミだ」と言うのは、単に感情論に過ぎない。


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