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プライバシーと過失の行方

2020/05/18 17:34 投稿

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  • 民主主義

一体、そこに何があるのか。

こちらがやりたい事?を想定する時、何故か常にそこに発生するのが「玉川徹氏」ではある。

確実性を持って、それは邪魔しかしない。あらゆる点で負債しか発生させないのに、何かの権利としてその存在は、何故か”そこ”に出てくるのだ。

そして、”それ”へ何かの負債を問う結果だろうか、天変地異の猛威は、民主主義の範囲を盛大に襲う訳で。「大賀さん」その決定に逆らう、そのキーの様な存在?と言う認識だがしかし、具体的な罪状、と言うのは今も、彼は人間的にダメだ、と言う程度しかない。

「民主主義の皇帝」と言う存在が有るなら、或いは彼?と言う一つの想定は出来る、しかし。その問題として民主主義は皇帝を必要とし、しかし、”それ”を選んだのは民主主義であり、結果、その損害は皇帝では無く、それを求めた世間その物へ向かう、と言う構造ではある。色々な理由はある、ともかく民主主義、アメリカは原爆を使用し王の権威を実際は失ったが、それを罪には問われないまま、今も世界のリーダー的な立場にはある。”それ”に、彼は奇妙な合致をしているのかもしれない、のだが。

相変わらずその辺は、推測の域を出ないのだ。

「中華思想の皇帝」も、想定では結局「王の権威」そう言う特権の存在故に、それはそこに居る。”それ”を解決する為に「大賀さん」紛争解決機構それを設定し、一応の対策には成った、のだが。この「民主主義の皇帝」それはまた、何かの事なる存在、なのかもしれない。或いは、働けない人々はどうすれば良い?そう言う問いの帰結の様なモノ、だろうか。現状では、セーフティネットの存在はほぼ、無い。切り捨てた氷河期世代の多くは、そのままだ。

市場のキャパシティが1000個の商品を、10000個創っても、赤字以前である。
その時、9割の人々はリストラされ、そして他に職は無いのだ。
「仕事を創る」と言う構造が、今の民主主義には存在しない、しかし。

「私は神だ」

そう言う存在を求める時、彼はそこに居るのかもしれない。それが或いは民主主義の正体、だろうか。

解決の性急さは増すばかり、だ。しかしその結果、台風19号が発生し、新型コロナウイルスに苦しむ、それは無視して良い話か否か。

彼が仮に消えたとしても、「皇帝は何処?」それを求める意識その物が消えないのなら、また別の存在がそこに現れるだけではあり。

民主主義と言う魔物は今も、何かの邪悪なる胎動をしている。



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