あげちうのブロマガ

昔話と過去の栄光

2020/05/09 15:42 投稿

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  • 老害

常にある、最後の問いだ。

「売れないんですけど」

マクロでも、ミクロでも、だ。説明は尽くしても、実感は無いから信用は出来ないし、「今まで通り」を続けるスキルしかない時、”それ”は今、殆ど利益性に繋がらない。「新世紀エヴァンゲリオン」あれで、「売れる方法が見つかった!」”様な気がしてしまった”が結論でオリンピックみたいな物でしか無く…長野オリンピックにしろ、後に残ったのは、重い借金しか無かった。

本来なら、自分の定義による「ガンプラ」が売れる時、世間の経済も活性化している筈、なのだが。

”そこ”が結論で切り捨てを容認している結果、またその声が現場では最大多数派?で有る結果、それもまた、利益に繋がりにくい結果に成ってしまっている。

ガンプラ市場もぶっちゃけ、かなり高齢化が著しい訳だが。

彼らの要求する「ガンダム」には当時、昭和天皇がまだ居たのだ。
平成天皇にしろ、「日本の王」である。しかし当時の昭和天皇は「世界の王」だったのだ。
”それ”が日本に居るのである、この安心感たるや、何物にも代えがたい宝かもしれない。

「あれを」それは無理だ、しかし不思議と言うべきか、高齢化するほど、その否定が出来ない現実はある。

重大な最後のパーツが無い状態で、ガンダムを如何に盛り上げようとしても無理がある、オタクの懐古厨が老害ムーブをかまして自爆するくらいが精々だが。「と言う理解」さえ平成においても「無い」状態で、昭和の頃の様な発展を!目指しても、結論でシニア世代は平成文化のほぼ全てに、同意する様な面は無かった、地デジで有っても、だ。いまさらビデオテープがそこそこ売れている、様な話もあるらしい。アナログテレビの頃には間違いなく昭和天皇は居たのだ。そこにはその頃の理想、発展、希望?そう言うのはあったし、リアルでもあった。

「私が昭和天皇です!」

例え嘘でも、”テレビが”語るその人物に、或いはシニア世代は今も、奇妙な影響を受けてしまっているのかもしれず。そしてか、平成に置いて借金しか創れなかった平成世代は、インターネットも価値を認めてもらえないまま、シニア世代の年金、”それ”に依存して何とか食いつないでいる状況、ではある。

居ないか?と言うと、該当は無い事は無い、が。

それは決して、昭和天皇の席には座ろうとしない。
思想の問題だ、本人には神が居る、自身では無い。

それは違うのだ。

「私こそ神である」

それを言う人物はもう、ゴミしか居ない。


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