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足下の何かに怯える巨人

2020/02/15 17:11 投稿

  • タグ:
  • 経営
  • 信用

「私は成功しています!」

と言う、フラグは欲しい、それはあるのだけど。

”それ”が得られない現実はまだあって、だから、”ここ”の方法論がある程度の成果を出していても、ちょっと信用?するには、疑念がある。

かなりの理不尽を感じるのが、”それ”に対して何かの影響力を持つ存在が、「人力発電機」等、こちらが設定した救済策、”それ”により何とか生活を維持している、と言う話だ。それが今まで仕込んである”何か”の地雷への不安が消えず、もちろん彼らはそれをバラしたりしない。

経営者が、何故かアルバイトに怯えている様な状態だ。
理解としては、だ。
もちろん?そのアルバイトが、数カ月前までは”経営者だった”のだけど。

…それはまあ、道理としてはある。

戦争に負けたから、といって。その軍が直ぐに「新たな王に忠誠を誓う」とか言う訳も無く、不満分子の存在こそがその後の問題でもあり。さらには、自身のシステムは、「一つの上の存在にさえ許可を得られればそれ以上は最上位で有ろうと不可侵である」と言う構造だ。戦争に勝利し、自身が或いは逆に、一番上に居る?としたら。尚更、末端に近い領域の「不愉快な行動」それをしかし、止める術を持たない。会社が人手に渡り、”その”システムに組み込まれ、主犯は責任を取らされクビに成った、としても。”その人手に渡った会社の”末端が、その主犯をバイトとして採用する、事は出来る構造だ。そして今、映像配信であろうと、ネットとPC一台有れば出来る環境ではある。”それ”がどれだけ不愉快でも、なら、止める事は出来ない訳だが。”そこ”を足場に?彼らは社内の不穏分子を炊き付け、反抗の芽を育てんとする訳だ、それは可能であり。獅子身中の虫、それはまだ、そこに居る。

…しかし、それは「責任を取った」と言えるのか?

自身の構築したセーフティネットで、しかし”敵”が生活しながら反旗を掲げ続ける、そう言う物に対して、自身の状況は理不尽なのか、道理なのか。歪んだストレスには今も、何かの不安は残り続けては居る。

勝者がルールを作るのだ、が。
敗者は底辺で、しかしカルトを育てるのだ。

全てを勝者の責任にして。

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