あげちうのブロマガ

ガンダムと言う神と、挑む何か

2020/01/26 08:06 投稿

  • タグ:
  • 昭和天皇
  • カルト
  • ガンダム

そこは、意識の問題だ。

或いは、価値感かもしれない。

「現実とは”究極の一夫多妻”だ」と言う理解の時、神様は”全て”の女性と接点を持ってる事に成る訳で。

”それ”を人間に適用したら?とんでもない事に成ってしまう。
…とは言え、男性としては「目指すベクトルの一本」ではあるのだけど(´・_・`)。
だから、その時は、「人間は神様には成れない」と言う大前提が必要な訳だが。

自作の「トランディ」には、良くも悪くも”その理解”は、あるのだけど。


「ガンダムには無い」んだよね、”それ”は。

何故か?と言うと、ガンダムには「昭和天皇の理解」が、間違いなく入っているから。

この時、視点として「ガンダム」と「トランディ」、どっちが上?と言われたら、場合によってはトランディの方が上、ではある。トランディの方が、ヒーローは作っても独裁者は創らないからだ(多分)。

面倒な問題だ。

この時、「昭和天皇を求めてる人々」にとっては、間違いなくガンダムの方が上であり、或いは”不可侵なる絶対”でさえあって。

”それ”を超えよう或いは、と言う要素は、如何なるモノであっても排除せねばならない事には成る。

…これはまさに、「ガンダム教」とでも言う代物だろうか。
現人神を求める、或いは全く、カルトの一つの姿ではある。
とは言いつつも、もちろん戦後、天皇陛下は玉音放送を行い、神を辞めている。
”それ”によって戦後の復興その他が齎された、民主主義の勝利な訳だが。

生前の軍国主義、その悪夢は今も、何故か”ここ”には巣食っている訳だ。
理解としてガンダムもまた、神の前にいる一人の女性と言う構図に過ぎないのだけど。

昭和天皇はもう居ないのだ。

この世界に居るのは、数多の女性でしかない。


桃源郷、それを認めるか否か?

コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事