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キャラクターと言う存在の是非

2020/01/14 10:11 投稿

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  • キャラクター
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  • 創作

自分の実感に近い物ではある。

だから、ちょっと不安はある。

「キャラクターの精製方法」に関して、それは一つの方法論ではあるのだが、その是非と言うべきだろうか。混沌の多い話題でもあって、少し。

例えば、ガンダムに登場するキャラクタ、と言うのを考えてみる。

そこに、「2BRO」等で有名な、おついち氏の”何か”のイメージを考える。

なんでや。

…基本的に、彼は実際は映像制作技術者、が本業らしく、2BROでの映像オーサリングは彼の管轄らしい。と言う事から?その辺の能力をキャラとして表現する方向を考える。

が、理解として男性は多、女性は個であり。
この場合、映像制作者はニコ動にもかなり多く、それらの中で特異か?と言うと、恐らくは立場か、そうでも無い。その視点では有り触れた一人、と言うニュアンスも微妙にあり…結果、つまり「多」他に類型の技術者が大勢いる、と言う感覚から、”男性”を設定。

その上で、その技術と言うのがどういうものか?ではある。

Aviutlを少し使った理解のニュアンスで言うと、ここは経験と蓄積、テンプレの引き出しをどれだけ多く身に付けているか?が、そのクオリティを左右している気はする。費用対効果が非常に悪い、故に新しさなどいらない、必要なのは”確実さ”である。結局、それは研究と前例踏襲的には成っていく訳だ、成功例の蓄積こそ勝利の鍵。


と言うイメージから、下記のキャラクターを設定。

「ランカスター・ラッセル(30)男性」
電子戦に高い能力を示す、割と小柄な青年。容姿的なコンプレックスからか割と前には出ないタイプだが、技術は高く、何故か、結果には常に満足する方向(やるべき事はやっている、と言うのが安堵ポイント)。それでいて官僚的な前例踏襲主義で、マニュアル的なモノの追及には余念がない。

この是非ではある。

多分、この精製方法を「新海誠監督」辺りに適用すると、キャラは女性で、行動に感情は薄いが、職務に忠実な事務次官、的なニュアンスにはなる、のだろう。唯一無二的な映像で有名、前に出るタイプではあるが、それでいて或いは「何かの主張」がそこにある訳でもなく、天気の子は、純粋に技術力のみの評価点ではあり。と言うニュアンスを主観的に当てると、そう言う。

道理と、混沌、疑問?それが混在している。

感情論的な衝突、それは考慮すべきか否か。
「ガンダム」それが、見えない文化を視覚化したモノ、と言うニュアンスから、適用し易いだろうキャラ、”それ”への接続を考えた訳だが。生成されたキャラは単なる主観の産物か、それとも正確な評価か。これが良いか悪いか?と言う評価を向けるべきか否か。

キャラクターの精製に関しては、「実在性」それはこれにより”発生”はする、気はする。ただ、こういう事はして良いのかどうか、不意に不安はある。

「面白い」と「危ない」が混在する領域が、最近の議題だ。


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