あげちうのブロマガ

昭和の頃には城だったモノ

2020/01/02 09:44 投稿

  • タグ:
  • 昭和
  • 魔王

道理ではあって。

その、数千万円の使い込みをした存在は、何故そうなった?

それはまず、「大賀さん」その決定に逆らってる。
「貴方は負けました」引き下がるべきを、引き下がらなかった。
だから結果は、その果てに有るモノでしかない。

大賀さんの決定に逆らう。
その「反逆者」それは適正に排除しないと、むしろ自身の過失になる。
だから、適当に排除するしかない。

しかし。

思想の問題でもある。

ともかく自分の要求、理想と、現状には若干のズレが有る。
その境目に有る問題かもしれない。
”それ”を補正するのが「大賀さん」の筈だが、それでも「反逆者」それは消えない。
対立する二つの片方が否定される時、その結果への不満は絶対にそこに有るからだ。
これは、そんな一つの事例ではあり。

思想と、結果ではある。

「大衆は神である」だから、アクセスカウンタの数値は、弄っちゃいけない。
しかし、その結果は、独裁性が強くなり、弱者が虐げられる場合が出てくる。
また、強力な影響力は?余計な部分まで探り、表に出そうとしかねない。
だから、”それ”を抑止する上で、カウンタ制御、それは非常に有効だ。

結果、あげちうの理想?それは完全には通らない、訳だ。

倫理的にか、問題は発生する。
あげちうの、「魔王の」意向を無視するのか?
どっちの方が、立場が上だと思っているんだ。
それが現場のカウンタ制御と衝突する時、その結果は。

だからこそ、その場合に「大賀さん」それが出てくる訳だけど。


まあ今回の?事例に関しては、「今まで」の魔王の意向に乗っていたら、急に梯子を外された、と言うニュアンスなのかもしれない。
「理不尽だ」し、自分にも混沌はある。自身が魔王の椅子に座ってる、それは適当か。
特に相手はまあ、昭和の頃には相応の立場だった存在だ(多分)。プライドは有るし、否定もし難い。しかし、現状にはほぼ、通用しなくなってしまった。

その果てに、その存在は、他人の会社のお金を、一億円レベルで使い込んだ訳で。

従来の感覚で言えばもう、かなり剣呑だ。
昭和かなんかの世界なら、どっかに頼んで東京湾に沈めて貰うレベル。

しかし、”これ”が実行される結果として、「朝鮮王朝の末裔」それは台頭する訳だ。
そしてその果てに、A氏、それもまた、何かの悲痛の果てへ送られる。
結果で消えた存在の跡地は、他の人々に富を与える事に成る、「人間を食い始める」訳だ。
魔王は魔物と化して行って、それを「朝鮮王朝の末裔」は制御し、或いは戦争が始まる。

自身は自身の思想ゆえに、何かの牢獄の中に今も居て、そして、問題はその外に有る。

ともかく今、或いは「ボーカロイド」「バーチャルユーチューバ―」その定義に関しては、”ここ”にその主導権がある、かもしれない。

それは数千万円の損失の対価として、適当だろうか?


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