あげちうのブロマガ

夢オチの中に居続ける

2019/12/29 08:27 投稿

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  • 創作

年の瀬である。

とは言え状況が変化した、と言う事だろうか。

物語。
「ある少年が目を覚ますと、そこは巨大な船の中だった。その乗組員らとの、何だかゆるふわな交流の物語」

何が面白いんですか?

今まで、疑問として無かった物?だ。ともかく描きたいモノ、がまずあり、それに対して是非を問う、形だったが。結局は「売れません」に対する反発の行方、その方向が変わった…と言うべきかもしれない。今までのベクトルは良くも悪くも崩れて標的を失った。「これは面白いんだ!」何故認めない!が、”こっちに来てる”訳だが。

何がどう面白いんです?

”相手”からの反応は、微妙に濁る。相手も実は解らない、単にそれは、何かの”衝動の結果”でしかない。特に昭和はそう言う時代、だ。押す先をどれだけ圧せるか?でしか無かった、それが結論で壊れた。

作家は、「先生」で無ければ成らないので。
その作品に関しての責任を全て、その作者が背負わねばならず。
それへ返答出来ない時、それは作者としての資格は失われる。

”ここ”には理由はあるが、問題は「作者」には理由が無い事だ。衝動の結果でしかない、それが何故?に関して、理屈は無い。「で?」への返答が無いと、読者としても興味は消える。作品はそこでほぼ、終わる訳だが。

「知らんよ、オーダー元に聞いてくれ」

あの、「ナンバーズ」昭和天皇の知恵袋の皆様は、最終的にはその判断を昭和天皇に求める、傾向はある。「こういうのを描けと言われたので」そこで終了、後は昭和天皇の感覚だ。彼は昭和の頃、”それ”に対して反論を許さない返答をする事が出来た。結果でそれはヒットの原理となり、しかし或いは一部の秘密と化していた。「魔王」それとして、実は君臨していた訳だが。

現状は、どうなのだろう。

ともかく昭和から続く作者の多くが今、崩れているのは感じるのだけど。

同人とは言え、「売れない」それはプライドだけじゃない喪失の理由ではあり。個人的な断言だ、「同人市場は存在しない」そこに有るのは”一般市場のミニチュア”に過ぎないのだ。客はそこに必要な物を買いにくる、それを提供した時、それは利益に成る。

それでも、これは「片付いた」と言う意味なのだろうか。

年末である。


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