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そして誰も居なくなった

2019/10/17 07:16 投稿

  • タグ:
  • デッドバイデイライト
  • ユダヤ教
  • 価値

結構、深刻だ。

結論で、それは「ユダヤ教」その限界なのだろうか。

「無能な豚に、価値が生成出来ると思うか?」

それは”いらない存在”に成った人々の、そこに有る現実かもしれない。


「価値が生成できない」時、世界は衰退を止められない。
結局、維持する為には誰かを生贄にし続ける必要がある。
その時、システムとして期待されるのもそんな”それ”だ。

確実に、一人は合法的に?殺す方法が実はある。

とは言え、それを決めるのは誰かでは無い、そこは平等だ。
じゃないと衰退を遅らせる事は出来ない、そこは解る。

最大限の知恵を尽くそうと、それでも衰退は止められないのだ。
「無能な豚だから」だ、いらない存在。そして、結果論としても”事実”だ。

原爆を創り、今の経済システムを構築し、破綻し、戦争を招く。

「この無能」

だからだろう、アメリカの?ゲームは、そんなゲームしかない。


こんな風に感じるのは、”何か”が致命的な状況だから、だろうか。
「価値を精製出来ない」のに?他国を現状、侵略できないのだ。

にも拘らず、誰もデッドバイデイライトを、遊びに来ない。

一人吊るして、死ぬまで”それ”を監視し続ける、それが横行してるからだ。

誰だってそんな目に遭いたくない、だから。
その時、その世界はもう、糧を得る方法が無い。
ゲームの問題だ、それは悪夢じゃない、その時起こった”現実の一面”である。
「これはホラー映画だから」とは、言えない訳だ。

「この無能」

誰も居ない世界で、何処ともなく、そんな呟きが聞こえる。

他に方法が無いのだ。
そして今、その方法では糧が得られないのだ。

「この無能」

その果てに、何かはあるのだろうか。



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