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”上”を目指した最下層

2019/10/14 12:08 投稿

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昭和天皇が言った。

「”上”に対して恭順の姿勢を見せたまえ」

”それ”で理解は出来る、ここは日本である。
当時は、それで何の問題も無かった、成功とはまさしく”そこ”にこそあったのだ。

「蜘蛛の糸」の様な話、だ。あの時、彼が釈迦の垂らした蜘蛛の糸を切らなかったら、どうなっていたか?”それ”が或いは”その後の”ゲームセンターの発展、ではある。当時はそう言う時代だった。上が居て、快適であり、下が有り、そこは地獄だ。下から上に這い上がらねばならなかった。その為に必要な事は何か?だ。ともかくその時、「頑張れば認められる」それは、彼らの視点では事実だった。

ゲームセンターに関し、現状の問題は続く。

ともかく今、その台詞を誰が言うのか?だ。

そして、誰が”それ”を聞くのだろう(´・_・`)。

”上”を今もまだ、失ったまま、そう言う状況はある。

それでも、結果として「”上”に対する恭順の姿勢」それを見せた方が受ける、平成でさえ、”そう言う時代”現実はあった。問題はその”上”さえも、「自分の言ったそれ」に反発していた事だ、少なくとも”それ”に同意していた。「この程度じゃダメだ」その上を目指さねばならない!その結果、それは「ゲームだったら一人でイースくらいは創れなければダメだ」そんな風に黒く成っていった訳だが。

幸いと言うか、”それ”は期待された結果を出せず大破し、ここは大きな「駄目」になった。

状況の本格的な変化、それは、それからには成る。一人で何もかもやる!そう言うのは”ダメ”だ、まず利益に成らない。利益を得なければその先も無く、一人で仕事を抱えればそれは他の人の仕事を奪う事にしかならない。目的は何か?そう言う結論から、”雅”市場、その市場としての倫理規定?と言うか構造、それが発生し、それを土台にして「ストリードの連携」それが構築され。もちろんそこでも発生する衝突、それを回避する為に「大賀さん」紛争解決機構、それが誕生し、結論として安定した、訳だが。

今も勿論、”この”構造は人間では無い。そして、あくまでもツールの様なモノでしかない。つまり”上”と言う理解に成らない、訳だ、手元のスマートフォンを、貴方の上位者として扱え?意味が解らない。

機械に人間が使われると言うのか。

だからこそ、”それ”は「単なる対戦ゲームでしかない」訳だが。

「ラストダンス」それも、結論で「ストリードの連携」それによる産物でしかなく、”これ”には今も、そんなに問題は起きない。しかし、利益を求めた時、”これ”へ「被せ」一種の侵略、それを仕掛ける時、そこには大きなダメ出しが発生し、それはでも、”無言”だ。通る筈が通らない!今までの方法論が否定される時、そこには或いは重い恐慌がある。

お金が無い。

”上”への恭順を、全否定した後だ。

彼らの、今後とは。

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