ニコニコチャンネルメニュー

ブロマガ - ニコニコチャンネル

あげちうのブロマガ

とある神様の前に有る壁

2019/10/10 06:41 投稿

  • タグ:
  • ゲームセンター
  • カウンタ制御
  • 創作

問題なんだろうか。

それは、「大衆」その神の前での、一つの結果でしかない。


「独裁者を許すな!」>君やろ。

独裁創作の多くは、”この”帰結に陥り、神の罰、と言うか、「売れない」その壁の前で大破し、色々な変化をする訳だけど。

ともかく「自分の悪いところを自分で潰せ」そのゲームは、プレイヤーの悪い部分を表現してる訳じゃない、あくまでも”製作者の”だ。

それをプレイするべきは誰だろう?と言う時、良くも悪くも利益性には見放されそう。


”これ”を続ける時、そこには損失しかないのではあるまいか。
また、「悪い部分」が無くなったら、プレイする必要も無くなってしまう訳で。

…誰が、そのゲームを遊びに来ると言うのか。

「客が来ない?それは道理として問題ない」

…とは言え、この理解は信仰の問題も重い。
「大衆は神である」神は完璧であり問題ない、と言う事は、そのゲームは遊ばない。

「大衆」が遊ばない時、それを誰が必要とするのか?だ。


ゲーム業界は総じて、”神”へ戦いを挑んでいたのだろうか。
或いは「自分は悪くない!」その応酬の結果だったのだろうか。
現在のカウンタ数値では、人一人さえ維持出来ない。
「私は間違っていない」その断言は、”それ”を捨てられない、が。

何かの呪い、だったのだろうか。
独裁創作が利益を得る時、その向こうでは「誰かがその分を損している」のだ。
場合によっては、死へと追いやって、奪い取っている。

その時、それは、道を変える事が出来なくなる?

それは誰を、生贄にしたのだろう。


コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事