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あげちうのブロマガ

他と違う道を進み居なくなる

2019/10/08 08:25 投稿

  • タグ:
  • ゲーム
  • 独自
  • 仕事
  • 創作

反論多々な主張だ。

「言われた事を言われた通りにやってりゃいいの」

正直言うと、自分の周囲では「そう言う人々が」生き残っている現実はある(´・_・`)。

迂闊に独自性とか、こうでなければならないとか?そう言う事を主張する奴は、あまり良い状況に成ってない。自分もそこは主張している事だ、「出来ればストリードの記述通りに創った方が良いです」そして、現状は”それ”に合致する人々の方が、利益を得てる。

面白いか?
それが仕事なんだよ何言ってんだ。

そこには何かの悲痛さを感じつつも、そこには相応しい対価、それもそこに有る。

「バンクシー」この画家が、「大賀さんに張り合ってる存在」だ、と言う理解に成った結果か、何となくイメージは緩和した、脅威と言うニュアンスでは無い。”向こう”側の苦境が産んだ特異だ、と思えば納得も道理も感じる。問題なく売れていれば、そんな詐欺まがいの手段を取らなくても良い訳で、それはそのまま、相手の現状でもあって。イギリスは行く末に暗雲が垂れ込め、そして日本も、結局は経済的に失速し始めている。

消費税10%を通す為に、或いは譲歩した部分が「軽減税率」そこだろうか。
このイミフな面倒臭さは、先行きに不透明さを見せている訳だが。

自身の、”ここ”からの主張は、現場レベルへは直結し得るが、しかしその上にはその限りでは無い、訳だ。逆に”相手の”主義主張、それを押しとおすパワーにさえ成ってしまう。バンクシーの様な補填をしていたら、現場には不満を感じつつも失敗数値は出ない。突然会社が倒産する?様な事態に成るまで、現場への利益は逆に言えば維持されている、訳だが。

その場が利益を得て好ましい状態である、そこには、何やかやで理由がある。
ともかく現状が続く時、バンクシーの補填も限界があるだろう、上は責任を取らされ失脚し、状況は変化していく訳だ。

テレビゲームにも、再評価の流れはまあ、ある。
ただ、創作者らが生意気な集団であった事は、自己責任として有るのかもしれない。

「見出してくれる人」が何でも許容し得るか?と言うとそれは違う。
そして、その理解が無ければ、そのゲームは存在を認められない訳だ。

「星霜鋼機ストラニア」なんて読むのか解らないこのゲームは「ロボットバトルを題材にしたクイズゲームだ」と思えば、不意に通る部分はある。ただ、家庭用ではあまり面白い、とは思えない。家庭用には”違う視点”があり、それはこの方向性に同意が無かった訳だ。理解を求めるより、我を貫いた結果、とかそう言う話だろうか。別にどうなったと言う話は聞かないが、ネシカの筐体は、どんどんと消えて行っている。

家庭用で練習し、ゲーセンで披露する、と言う或いは彼らが想定した流れは、認証されないまま、途切れてた訳だが。

そのパワーの一翼に、”ここ”の「ストーリーが無いと」そう言うのは重かったかも。

「自分には自分のやり方がある」

その帰結は、超えられないゲームの前で憤る様な様か。

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