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(自称)神の前に立ちはだかるモノ

2019/10/03 10:30 投稿

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  • シニア世代
  • 神様

ともかく、ズレはある。

何がズレているか?と言うと、「貴方は自分の上位を持ってますか?」への返答だ。

自分が王の権威だった?と言う理解に成った頃であっても、”それ”に対して敬意と言うか畏怖と言うか、そう言うのはまあ、ほぼ”一切”なかった。それから考えても、少なくとも?テレビで活躍するシニア世代、その多くが、「自身の上位が居ない」状態がある、気がする。

昭和の頃は、まだ権力と、過去の現実こそ有ったのだけど。

平成に入って流石に、「昭和天皇が居なくなった」その事実は、テレビで活躍するシニア世代の多くから枷を奪ってしまった…それはまあ、有りそう。

今の上皇様でさえ、或いは”彼らの年下”なのだ。
しかも、「王の権威」を持ってない。

彼らの、”扱いの軽さ”は如何ばかりか、だ。

自分らにとっては、そう言う上位が居る上に、また自身にとっても「大衆は神である」その信仰、そして「大賀さん」紛争解決機構、それへの同意もある、コンピューターゲーム、と言う現実もある、「ダメな場合はダメ」と言う理解はある、のだけど。

…特に脚本系に、この感覚は有るのか?と言うと、うすら寒い想定がある。

彼らは最早、(自称)神なのだ。
彼らは、自身の衝動にしか従わないのだ。
彼らが「正しい」と思えば、それが正義なので有って。

彼らは、大賀さんの結果だろうが天皇陛下のお言葉だろうが、何一つ自身を抑制する抵抗に成らない、訳だ。

ヘタか上手いか?も、物差しを必要とする。
その上位による評価だ、その下に有ってこそ、技術は意味を持つ。
彼らは、自身の感覚のみが今、その物差しでしかない。
こちらが「ひどい」そう考えても、彼らはその物差しに同意が無いから、解らない。

…この状態で、我々は彼らと、何の話が出来るのだろう?

”それ”が、テレビから毎日、放射されているのだ。
抑制する存在が何一つなくなった、衝動のみに支配された醜い老人の、或いはがなり声だ。

シニア世代は実は今、酷く危険な狂気に支配されている、のかもしれない。


「批判し得るポイントが見つかった」と言うのは、一つの利益?かもしれない。
自制、”それ”を持つ老人と、持たない老人とに、線引きをする事が出来る。

…とは言え、それが徘徊老人、そう言う状態をも補正するか?は…未知数だ。

誰も語らないそれは、大問題ではあるのだけど。

神は果たして、救いうるか。


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