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沈黙こそが正義と言う絵

2019/08/27 11:55 投稿

  • タグ:
  • ラストダンス
  • 曼珠沙華
  • 創作

こういう話は面倒だ。

「ラストダンス」それは、ちょっと語る様な内容じゃ、ない。
改めて見ると、本家のPVがそもそも装飾過多な感じも無い事も無い。

だからまあ、絵?にする。

小奇麗な、或いは現代的な、中流家庭、そんな居間。絵は、妻を中心にあって。
若い夫婦、或いは子供も、居間の、低いテーブルに腰を下ろし、テレビを見てる。
壁には、多分夫のモノだろう、高校野球か何かの賞状が飾られていて。
男は少し疲れた表情をしつつ、笑みを浮かべて、テレビを見ていて。
妻は、その夫を見てる。
子供は、何かスマホでも見つつ。

そんな一枚。


歌を単体で見るとしたらこの位で視てないと、後は何もかも間違いに成りそう。
何かの演出?に使うなら、戦地に出向く男を見送る女性とか、そう言うノリ。
歌の方は、その辺を踏まえて触る位で、ちょっと意味不明に雰囲気だけを描いて。

まあ、何か言えば言う程、余計に成りそう。
視て解らないなら、解らないで良い。

ともかく一品物の皿にのせた羊羹、位の雰囲気は、有って。


でまあ、「曼珠沙華」の方は、今の状況では、この妻の心理が、何となくアンニュイ。
まるで妻には何かの後悔がある、かの様な、そんな曲調にも、聞こえて。
一応多分、元の枠は「エロックス2」かもしれない、とすると?傾向的にはそっちも有る訳だが。

すると、何だか、羊羹じゃなく、ポテチに成ってしまう。
5%の支払いが或いは発生する、としたら。”ここ”で視点が男性側のそれになる。それはそれで、その苦難を理解した上での選択である…でもその「理解」は”本来のオーダーには描いてない”のだ、作者?の想像でしかない。割と、余計、かも。

後者の方が、お金が掛かってる、感じなのが何とも微妙だ。
後者の方が自由、だ。自分で聞いて、自分で考えて、自分で表現した、のだ。
誰かのオーダーを視て理解し”それ”を描いた、と言う不自由さ、では無く。

「アーティスティック」そう言うベクトルは後者なのだが、それはでも、実際には今、泥棒に近い状況ではある。
「ストリードの連携」これは、”それ”に対してかなり明確にダメ出しはする。ただ、「なんで?」それは語らない、駄目だと切り落とすだけだ。
費やした労苦はそれに反発し、何かの、暴走めいた誤認を広める。

「売れる」って、面倒だ。


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