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誰かが「開きます」と書いた扉の前

2019/08/26 08:39 投稿

  • タグ:
  • 共産主義
  • 創作
  • 仕事

問題は単純だ。

「お金要らないんですか?」
「要りますよ当然でしょ」
「だったら働かないと」

この先に有る断絶がしかし、まだ?超えられない。
もちろん語感の向こうには、光と闇が有る訳だけど。

願いは、自分の創った創作がそのまま利益に成る事だ。好きな物を創ってそれで暮らせれば。しかし、それに挑む創作者で恐らく成功した?人は、居ない。何か何処かを生贄にし、目先のお金を手に入れた暫くして、失った物の大きさが、その対価に合わない事に気づく…そんな繰り返しだ。理解としては当然だ、世界の貴方以外のほぼ全てが、その壁の前で引き返し、働いているのに、何故?しかし逆に、だからこそそこには、無念と言うか、大衆的な、尽きせぬ執着はある。

この先に行けたらいいのに。

自分の理解では今、現世もまた一つの”地獄”ではある。数多隣接する”世界”その全ては地獄と天国を内包し、現実には「魔物」形ある妖怪は居ないにしろ、その要素はまんべんなく世界に存在している。”それ”を倒して糧を得る、時。或いはこの執着はその中の、大きな魔物の一つ、かもしれない。

”ここ”に陥ったら、その牢獄の中で、罪が許されるまで、苦しまねばならないのだろうか。


これはあくまでも、概念、理解の上での机上の結論ではある。実際には現実には重い格差が存在し、”その”執着はその最下層からこそ有るのかもしれず。今の理解は違うが、元凶は何処か?が見えてる訳でもなく。ともかく「問題」それは定型のそれとして常にそこにはある。

共産主義は、その、夜空に咲いた美しい大輪の華を、追い求めているのだ。
”それ”が結論で、誰かを生贄にした輝きの様なモノでしかないとしても、だ。



良くも悪くも、このキャラは「良く出来た」キャラではある。
そしてこのキャラが何を示すか?と言うと、このエンブレムだ(自作)



健全な精神は、健全な肉体に宿る。

或いはそんな、その理想としてその存在のイメージはある。

輝かしい英雄像の向こうには、立つ事もおぼつか無い弱者、或いは障害がある。
だからこそ、「この存在は居ません」キャラクターです、その理解は大事だが。

この位の人は、居そうなのだ。

※あくまでも個人の感想です。


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