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それを駄作と言う声と作者

2019/08/07 10:42 投稿

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  • ビートたけし
  • 創作
  • 選民思想

状況がどう変わるか?だ。


主観的に今まで、「ビートたけし」氏、”ここ”に何かの意識は集中していた現実は、ある。
が、その結果として、どうにもここには剣呑が付きまとっては居た。暴走の可能性、悲痛の懸念。彼の創作?の方向性も、それをやたらと強調はしていた、が。

何かの大きな失態があった、のかもしれない。
或いは、”ここ”が妙な事を書いたから、だろうか。
ともかく失望と共に、或いは彼は、何かの失脚を起こした、様な。

今は、”その”追及は、「ビートきよし」氏の方に向く様には成った、感じがする。

理解として、彼はビートたけし氏の実際にはプロデューサーでさえあり?或いはジャニー喜多川氏からも一目置かれていた存在でさえ有る様な。”この”存在は、集中するその追及へも、問題なく対処は出来てる、様で、その時、そこに今までの懸念は消えている。

今までの様な、「それでもビートたけしは」みたいな、”それ”は今、その場に発生していない。良くも悪くも、最後の「才能依存」それが負けた、そう言う事、だろうか。選ばれし存在は居る、ライオンに産まれたら豚を喰って良い権利が、”そう言うの”を人間に適用しようとする…”それ”が結論で、大破した訳だ。

何だかそんな感じが、する。


どう変わるか?

ともかく「どうしましょう」「こうしなさい」「売れませんが」「やかましい殺されてーのか!!」と言う、この不毛な流れは、かなり沈静化する、気はする。この停滞とストレスが、理不尽を許容し続けた、部分は或いは有って。”これ”が道理として処理される時、ある程度の懸念は解消に向かう、筈な訳だが。

具体的に言えば、「売れる方を」利益に成る方を優先する、その変化だ。
選ばれし存在の意向こそを!その否定ではある。

と言う事は、”こっち”の感覚では、「かむろぎ」その方向性が台頭し得る、可能性が出てくる、訳だ。
”雅”市場、その倫理観が適用される結果?芸能人で有っても、犯罪でも犯してる訳じゃないなら、理不尽でさえあるプライバシーの侵害に怯える心配は、薄れる訳だ。大事な事は利益を上げる事であり、その時、その場その場に求められる事はあり、だから、”誰かの意向”を無駄に懸念する必要は無い、訳だが。

ちょっとばかし、羹に懲りてあえ物を吹く、ニュアンスは、まだ残りはする。

状況その物に、さほど変化はない、のだ。或いは「作品が売れなかった」位で、あの暴君はパワーを失うのだろうか?そして一人でも、京都アニメーションの悲劇を起こす事は出来るのだけど。

ともかく今までの経緯としては、ビートたけし氏は”そこまで”の暴走はしていない。「大賀さん」その決定に逆らって実害を発生させる、様な事まではしてない?気はする。

…そうだろうか。

京都アニメーションには、何かの、実は犯罪紛いの話が、実際は有ったのだろうか。

「正義は勝つ」その結果か。

善と悪の色、それは白だろうか、黒だろうか。

それでもテレビは、数多のスポンサーが居ないと成り立たないのだが。


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