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古い因果の可能性

2019/07/13 07:04 投稿

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視点では、飼育崩壊、だ。

ただ、そこに居るのは人間なだけで。

”この”環境の人々さえ自活し得るなら、皇帝も歪まなかったかもしれないが。
そもそも皇帝が自活し得る状況じゃないのだから、それを期待できる状況でも無い。

韓国が、日本側の、今後は特別扱いを止める、と言う宣言だけで発狂する様なモノで。
「対等な条件で」それは、その世界の崩壊を意味する…そう言う事態は理不尽で重い。


現状、思想の衝突ではある。
それである限り、「今まで」が勝つ事は無い。
想定では、だ。

自立は可能か否か?
今までの方法論では、必ず切り捨てが発生した。
太平洋戦争前の、アメリカの方法論だ。パワーで捻じ伏せ、隷属化させる。
その結果、最終的には「殺す」所に入り、その時点で切り捨てに成る、核兵器の使用。
アインシュタインというか、アメリカはそうして、王の権威、その権利を喪失した。

アメリカには、不満があるかもしれない。
日本さえ降伏してれば、核兵器を使用する必要は無かった。
我々に管理されれば日本だって問題は起きなかった。
戦後の復興は、GHQの管理による物だ。
何故原爆を使用させたか。
或いは飯塚容疑者も、意識はそこにあろうか。

その前に、そもそもその方法論では、戦争を回避出来ないのだが。

そんな「従えない場合は殺す」結果で、独裁性はそこに残り、価値は発生しなくなり、結局は何処か誰かを切り捨てねばならなくなり。太平洋戦争は結局、そうして自然発生的に始まった、訳だが。

「だめだこりゃ」それで、戦争は終わった。


理屈の上では、「仕事しろ」そのベクトルは、その事態に陥らない。

「仕事」は必ず他者を必要とするから、だ。その時、過剰は抑止せねばならず、常に誰かは「上」の立場として存在する。独裁性は抑えられ、戦争は否定され、そこに利益は発生する、そう言う理屈は有るのだけど。

「オーダーを満たす」そのルールは何処まで護れるか?ではある。

天皇は、「戦争は愚かだ」それを描いてほしくて、一機で死ぬ戦闘機ゲームを求めた。
現場は、「その一機が事態を打開する」可能性を求めた。覗いたら”そこ”にあったから、だ。
現場は自身の理想を信じ、一機で打開し得る可能性を描かんとして。或いは”それ”はでも、多大な労苦と徒労と浪費を伴い、否定された。

何が悪かったのだろう?


現在の、”雅”市場それは、或いはそんな「戦闘機一機での敵地爆撃」それに成功した、様な結果だ。
”それ”により、世界(物理)は、態度を変えた。「出来る」のなら、その方が良い。

「ゼビウス」と言うゲームは結局、最後の敵地を爆撃、していない。
実際には「アンドアジェネシス」それが出てきた時点でゲームは終了だった、ろうか。

シミュレーションとしては、そんなに難しくない事だった。
或いは一機でも、訓練次第で十二分に可能な作戦だった。

ただ、それによってアメリカが降伏したか?は、解らない。
そして、それを選ぶべきだったか否か?もだ。

現場は、そこにまで責任は持てなかった。
にもかかわらず、現場は自身の主張を優先してしまった。

売れた様な、売れなかったような。

”この”界隈の混沌は、この辺からなのだろうけど。

変化は、有ったろうか。

ともかく”ここ”には、「ボイスロイドでの読み上げ」それはオーダーには、無い。

余計な事してんな。
怒られて終了した、その是非。

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