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とある過失の後の結論

2019/04/28 11:57 投稿

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「マスコミが悪い」

そう言い切る時、状況も変化もあるが、何かの感覚にも、変化が有る。
「権利が発生した」可能性はある。ともかくマスコミは、アインシュタインの思想?に依存した結果、混沌に飲み込まれ、或いは伴侶でさえある道祖神、それを蹴り倒した。

その果ての過失、だ。


それは、提言の様な物でしか、無い。

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人間には、レベルが有ります。

格とか、徳とか言われるそれです。
人間のレベルは、人間のレベルとして、有ります。
それは本人が獲得したモノであって、差別には当たりません。

換金は出来ないが、交渉に置いて、重要な要素ではあります。
「給料への換金」は確約出来ませんが、それは査定に関し、無視も出来ません。

それは「”労働”に従事する事で」経験とそのレベルアップで上がっていきます。
実績を出す、と言うのはその際の成果、レベルアップのファンファーレの様な物です。
あくまでも、それは結果で有って、それは蓄積の果てに有るモノでしかありません。
結果だけを求める事は出来ません。

レベルの高い相手に対して、低い存在が文句を言うのは、リスクが有ります。
また、仕事しないから、そのレベルが下がる、と言う事は有りませんが、何かの過失は、そのレベルを下げる事が有ります。
もちろん、”核兵器の使用”その容認は、そのレベルを安直に下げます。

明言はさけますが、核反応を利用したパワーは、使用に関しては過失に成ります。
核分裂反応の問題は、核融合とは違い、「他の分子まで反応を起こす」と言う点にあって、通常の核融合よりも、はるかに過失が重いです。

その証拠に、放射性廃棄物は「どうにもならない物」として、付いて回る負債です。
そう言う物を発生させる時、それは重い過失と成り、本人のレベルを下げます。

「仕事」とは、必ずしも換金に相当する物ではありません。
それでの成果もまた、必ずしも換金性に基づく物とは言えません。
家庭の家事であろうと、従事し続け、成果を出し続ける事でレベルは上がります。


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不足は有るかもしれないが、この辺が、アインシュタインの道理、そこに欠けたか不足していた部分ではある。
働けなくなった人も、働いてる人も、稼いでない人も。ともかく家庭内不和こそが戦争の火種だった、とするなら、しかし。「そこはプライバシーだ」と言う大前提の上で有っても、一応の指針は求められるのかもしれない。

密かなる領域、それは必ずしも、問題を隠してる場所、でもない訳だ。

「働く」と言う、その意味について、重い。


「太平洋戦争はマスコミが引き起こした」時、それは失う物がある。

単純に「生活を維持する」と言う目的だけだが、そこには重い道理と反発の壁。

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