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古い巨神と新しい神装

2019/03/13 10:06 投稿

  • タグ:
  • ピエール瀧
  • いだてん
  • 紛争解決
  • 山本寛

ちょっとだけ、面倒がある。

「原価0円で、なんか創って下さい」

そう言われた時、その「ウチに売れる物なんか有るんですかね」そのゲーム屋は、何が創れるか?と言う時に。

「シャドウ」

想定では、「ダークソウル」的なゲームがそこに残っているなら?それでのツールや素材を利用すれば、給料以上を払わずに創れる…可能性は、多々ある。また、自分は一応は、そう言う事を続けてきた経緯があり・・・「成果が出ている」としたら”いつもの話”だ。
そこに残る素材を駆使し、マインクラフト的なツールでマップを作り、キャラクターを置いて行くだけ、である。1マップ一人、とかで、或いは30人とか居るなら?30マップを作るのに半日いらない、かもしれない。

一応、創れた、としたら?そのゲーム屋は、”内部的には”問題は少なかった訳だ。
単に独裁性への執着で、トップが歪んでただけ、と言う事ではある。

「つまり?」

ここから先の話は、ちょっと面倒と言うか、不要…ではある。
創業者の理念が、その「独裁性への追及」を捨て切れてなかった。

良くも悪くも、だ。タイムリーに、山本寛監督は、破産してしまった。
それと同じような事が起きて、変化し、その後はそれほど問題は無かった、訳で。

ただ、「誰が悪かったのか?」に関して、外部的な抵抗、それは何処までまだ残るか。
その「シャドウ」を表に出そうとする時、それはまだ、重い壁として有る。

カウンタ制御は、果たしてどっちの味方?か、だ。

「誰が悪かったのか?」

それを追及する先に、「私が大賀さんだ!」その存在は、居る。
それに対して責任を集中させる事は出来る。”そこ”に居ると言う事は、つまり「神様」だ。神様は神羅万象、”全て”に対して責任がある。あれもそれもこれもこの損害も全部!だ、責任を取れ、命を賭けても。

…その結果が、或いは山本監督だったりするなら、それはそれで、必要な手続きではある。

ピエール瀧氏が、何だか麻薬取締法違反で検挙されてしまった。NHK大河ドラマ、「いだてん」にも出演中、と言う事で、その負の影響は計り知れず。運が悪いと言うべきか、「そう言う物だ」と言うべきか。「大賀さん」その決定に逆らう時、そこには相応の損害が発生する。

「私が大賀さんだ!」

その戦いはまだ、始まったばかり?かも。



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